小野塚と美琴、和解する
「高校では初めて会う人ばかりだった。その中でも特に、大勢の人から話しかけられている人がいた。彼女が一番の人気者なのかもしれない。そう思って話しかけたら、親身に接してくれた。彼女、ズッキーが私の初めての友達だった」
宇迦学園高校は全国各地から入学希望者が集まる。地元の宇迦中学からの進学者が多いとはいえ、ほとんどが初めて顔を合わす者ばかりだ。瑞稀もまた地方出身者だし、彼女の性格からして親身に話しかけられれば交友関係を持とうとするのは道理だろう。そして、やたらと話しかけられていたのは、俺と同じく陽湖荘に住んでいたからに違いない。あの寮は魑魅魍魎の巣窟だと未だに信じられているからな。
「この調子で漫画を描いてもっと多くの人と友達になろう。そう思った矢先、妙な臭いを嗅ぎ取った。師匠とも違う妖怪の臭い。それも、けっこう強力。もしかして、私と同じ妖怪が学校に通っているのかも。ならば、是非とも友達になりたい。だから、思い切って話しかけてみた。それが君」
小野塚さんが指さした先に居たのは紛れもなく俺だった。妖怪の臭いなんて放出した覚えがないのだが。話しぶりからすると、小野塚さんと初めて会話した日だよな。あの時に特別なことはあったっけ。
あったな。前日によーこさんを抱き枕にしてしまったため、体中に狐の臭いが染みついてしまったのだ。まさか、それが小野塚さんと知り合うきっかけになろうとは。
「浬はイラストを見せてもバカにはせず、むしろ喜んでくれた。私はそれがとてもうれしかった。それに、浬と一緒にいたら、色々な人と友達になれた。いつも妖怪のことを話している人とか、その人にツッコみを入れている人とか。前の学校の時よりも数倍、ううん、数万倍楽しかった」
恍惚と語る小野塚さん。森野と小泉の名前が憶えられていないのはさておき、声音からでも楽しそうだというのが伝わってくる。
そして、凛とした表情を取り戻すと、美琴へと指を突き立てた。
「だから、私は浬の力になりたい。浬が喜ぶなら何でもしたい。そう思った。浬が常翔社に行きたいって言っていたから、そうしただけ。浬を陥れようなんて思ってもいない」
主張を終え、小野塚さんは肩で息をしていた。美琴は護符を握りしめていたが、やがて、力なく右腕を垂れ下げる。何かを口に出そうとしていたが、細かく唇が開閉するばかりであった。
無言のまま近寄ってくる美琴。小野塚さんは猫の本性をむき出しにして威嚇する。だが、彼女が歩み寄って来た先は違っていた。俺、かよ。
「彼女の言葉に偽りがないとしたら、私はまた思い違いをしていたかもしれないわね」
うつむいて、そのまま歩み去ろうとする。「美琴」と呼び止めるが、彼女は振り返ることはなかった。
「早とちりで大変なことになったのに、また同じ過ちを繰り返すところだった。修行不足もいいところだ」
おそらく、葛葉の時のことを言っているのだろう。寂寞を誘う背中を俺は放ってはおけなかった。
「でも、美琴は俺のことを心配して来てくれたんだろ。事実、お前がいなければまだ川の中にいたかもしれないし」
「慧眼が狂っていたのは事実だ。頼む、しばらく一人にしてくれ」
「美琴」
どう言葉をかけていいか分からなかった。未だに護符は強く握られているが、いつ零れ落ちてもおかしくはない。おそらく、美琴もまたどうしていいか判断がつかないのだろう。立ち去ろうとはしているのだが、歩みは亀よりも遅い。
すると、美琴の背中に小野塚さんが飛び掛かった。空気を読まずに不意打ちを仕掛けるか。止めようと意識しても無駄だった。意識した瞬間に美琴の背に密着していたのだから。
そう、密着していた。ひっかくなり、切り裂くなり、攻撃を仕掛けていてもおかしくはなかった。なにせ、下手したら消されていたかもしれなかったから。
でも、小野塚さんが取った行動はハグだった。背丈が同じくらいなので、女子生徒同士が休み時間にふざけあっているように映る。ただ、概念からすると、小野塚という巨大な聖母が矮小な美琴という人間を抱いているように映った。
「どういうつもり。私はあなたを消そうとしたのよ」
「私の敵になるというつもりなら、覚悟はある。でも、あなたとなら友達になれるかもしれない。私はあまり敵を作りたくない。みんなと友達でいたい。ただ、それだけ」
しばらく為されるがままにされていた美琴。すると、握りしめていた護符をポケットへと突っ込んだ。投降するかのように両手を上げる。
小野塚さんが手を離すと、美琴はゆっくりと振り返った。心なしか表情は晴れ晴れとしている。
「まさか、妖怪から慰められるなんてな。こいつを祓うのは保留にしておいてもいいかもしれない」
「こいつじゃなくて小野塚だ。天源荘の小野塚さんと覚えておくがいい」
「そうか。輝夜ちゃん、だっけな」
「名前で呼ばれるのは好きくない」
不満をあらわにすると、お返しとばかりに美琴は小野塚さんの頭を撫でる。襟を正すと、いつもの凛とした表情を取り戻した。
「保留にはしておくけど、また面倒を起こしたら承知しないからな。あくまで、保留にしておくだけよ」
「保留、保留うるさい。素直に友達になればいいのに」
俺が苦笑していると、美琴は一目散に走り去っていった。軽快な足音を俺はしばらく傾聴していたのだった。




