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小野塚、過去を語る

「させるかよ!」

 俺は吠えると、小野塚さんの前に割り込んだ。必死に手を伸ばすと、間一髪のところで護符は俺の手のひらに命中した。


 一瞬、お湯を沸かしたやかんを触ったような痛みが走ったが、すぐに収まった。対峙していた両者は一様に瞠目する。特に、美琴の動揺はひとしおだった。だらしなく、両腕を垂れ下げている。

「浬。お前は一体何者なんだ。術を込めた護符を人間が握って無事なはずはない。妖怪のように消滅はしないものの、軽いやけどぐらいは負うはずだ。なんともないのか」

「別に。どこも怪我していないぞ」

 一瞬だけものすごく痛かったが、あっという間に痛覚は消え去った。妖怪に対しての攻撃だから、人間には効かないんじゃないのか。小野塚さんも信じられないと言いたげに首を伸ばしている。


 前にも似たようなことがあった気がするが、これはチャンスなのではないか。両者が怯んでいる今ならば、話をする余地はある。

「聞いてくれ、美琴。小野塚さんは決して悪気があって術を使ったんじゃない。そうなんだろ、小野塚さん」

 俺が必死に呼びかけると、べこ人形の勢いで小野塚さんは首肯した。再び護符を取り出そうとしていた美琴だったが、静かにひっこめた。


 俺が口を開こうとすると、小野塚さんが進み出た。無言のまま片腕を伸ばしている。自分で説得したい、ということだろうか。俺は美琴へと体を向けたまま数歩下がった。


「カイカイ。浬は私を受け入れてくれた。私は彼の役に立ちたかった。ただ、それだけ」

「ならば、術を使うことはないだろう。どんな結果になるか、想像がつかなかったわけではあるまい」

「とにかく、力になりたかった。無我夢中だったの。だって、浬は私の大切な友達だから!」

 けだるげな印象のある彼女だが、どんなネボスケでも飛び起きるほどの叫びだった。


「私は元々人間に飼われていた。生まれたばかりの頃は全然覚えていないけど、人間と一緒に暮らしていたということは覚えている。その時は『かぐや』と呼ばれていた」

 輝夜。小野塚さんの名前と一緒だ。要するに、昔は飼い猫だったということだろう。


「飼い主は優しかったし、私も不自由なく暮らしていた。何もしなくても餌が手に入って至れり尽くせりだった。でも、ある時にそんな生活は終わりを迎えた」

 小野塚さんの声音のトーンが下がる。俺は自然と生唾を飲んでいた。


「ある時、飼い主は私を置いてどこかに行ってしまった。待てど暮らせど、帰ってくる気配はない。途方に暮れて探しに出かけたものの、路頭に迷うことになった。餌は無いし、飼い主は一向に見つからない。どうしたものか、全然分からなかった」

「捨てられた、というわけね」

 無遠慮な言い草だが、核心を突いていた。小野塚さんは力強く拳を握る。

「輝夜とよばれると、あの時のことを思い出す。だから、好きくない。でも、私には輝夜以外の名前はない」

 名前呼びされたくない理由が想像以上に重たかったのだが。どうしよう、何度か冗談半分でからかってしまったぞ。


 絶句する俺たちを前に、小野塚さんはうつむきつつも話を続ける。

「途方に暮れて歩き回っているうちに、師匠と出会った。師匠からは色々なことを教わった。これから生きていくには人間として振る舞わなくてならないこと。もちろん、人間世界の常識も。人間の振りをするなんて嫌だったけど、生きていくためには仕方がない。それに、師匠は命の恩人だから、従うしかない」

「ちょっと待って」

 ここで美琴が「待った」をかけた。俺もまた疑問に思っていたところだ。


「話からすると、いつの間にか飼い猫から妖怪猫又になっていたということよね。自分が妖怪になったと気付かなかったわけ」

「自覚はない。いつの間にかこうなっていた。もしかしたら、一度死んでいたかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今思うと、車だったのかもしれないけど、とんでもなく速く動く物体と衝突した記憶はある」

 よーこさんが妖怪になった手がかりがつかめるかと思ったが、空振りになりそうだ。当人にも自覚がないまま妖怪に転生していたということだろう。裏の組織が絡んでいて、人工的に生み出しているなら話は別だが、どうやら神の思し召しというやつらしい。どちらにせよ、生物を転生させられるような神に喧嘩を売るつもりはないし、売れるわけもない。


「師匠の教えに従って、私は学校に通うことにした。学校で人間は友達というものを作るらしい。でも、私に友達はできなかった。むしろ、『お前は変だ』って揶揄され、仲間外れにされた」

 小野塚さんの普段の言動を顧みると、絶対に否定できないのが悲しい。彼女はたまにというか、よく突飛な行動をしてしまう。そういうキャラかと思っていたが、元は猫だった時の性だったのか。ともあれ、自由奔放な行動は集団生活においては疎まれることが多々ある。むしろ、特異なキャラクター性はつまはじきになってしまう危険性の方が高い。


「人間というのは特殊な特技を持つ者に惹かれるらしい。前の学校でも、勉強で優秀な成績な人や、運動で活躍していた人は人気者だった。運動なら本気を出せば誰にも負けない自信があった。でも、師匠から本気を出すなときつく言われていた」

「小野塚さんが本気を出したら、プロスポーツ選手になれそうだもんな」

 身体能力が高すぎてドーピングを疑われるぐらいだ。人間離れした結果を残したがゆえに検査を受けでもしたら、妖怪であることが発覚するかもしれない。裏でひっそりと生きるしかないというのが悲しいところだ。


「運動の代わりに特技になりそうなものを探していた。そんな時に出会ったのが漫画だった。漫画のように面白い絵を描けば、みんなから褒めてもらえる。そう思って、一生懸命練習した」

「ちなみに、どんな漫画か覚えているか」

「よく分からないけど、人間が尻から火を出して空を飛んでいた」

 その描写だけでギャグマンガだと断定できる。小野塚さんが珍妙な絵を描くのは、シュールなギャグマンガがスタンダードになっているせいだろう。とはいえ、元々猫だった彼女がプロ顔負けの絵を描けるようになったのだ。相当な努力をしたというのは想像に難くない。


「漫画を描いても、なかなかみんなに受け入れてもらえなかった。そうこうしているうちに、卒業の時を迎えた。新しい環境に身を置くのもいいだろうと、師匠の知り合いがいる宇迦学園高校にやってきた」

「師匠の知り合いって、まさかよーこさんじゃないよな」

「よーこさん? 違う、と思う」

「ならば、よーこさん以外にも、あいつ並の妖力を持った強力な妖怪がいるということか」

 よーこさんの師匠である葛葉とも別人のようである。一体何者なんだ。とりあえず、厄介ごとに巻き込んでくれなければ、誰だろうと構わないが。

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