小野塚、秘密が暴かれる
「ちょっと待った!」
俺は両者の前に割り込む。目を細めた美琴はびしりと護符を突き付けた。
「どうしてかばうのだ、浬。お前はそいつのせいで死にかけたんだぞ」
「いや、何もされていないし。川で溺れたのなら、原因となったのは俺だ。小野塚さんは悪くない」
「どうだかな。ここらには尋常ではない負の妖気が漂っている。妖怪であるそこの猫又が呼び寄せたと考えるのが自然だろ」
負の妖気とか抽象的なものを持ち出してきたな。そいつを辿ってここまで来たとも言っていたし。
不可視の物体を根拠にするなら、いくらでもしらばっくれる方法はある。小野塚さんはすっくと立ちあがると、
「知らない間に負の妖気を呼んだかもしれない」
あっさりと認めてしまった。
「そこはごまかすところだろ!」
「嘘はいけないと教わった」
変なところで律儀だな。人間の処世術は未熟といったところか。
「父上から聞いたことがある。猫又には運勢を操作する術を使う奴がいると。座敷童ほど強力ではないが、じゃんけんに勝つぐらいの幸運は招き寄せることができるそうだ」
「間違ってはいない。じゃんけんでは負けなし」
どや顔をしている場合ではないのだが。
しかし、運勢を操作する能力だって。美琴からの指摘を受け、俺はこれまでの出来事を回想する。もし、小野塚さんが術を使ったというのなら、当てはまる場面がいくつもあった。
例えば、職場見学の行き先を決めるとき。童からもらったラッキーホルダーを忘れてきたにも関わらず、俺たちは希望していた常翔社への見学権を手にすることができた。単純に運が良かったとも言えるが、小野塚さんが裏で手を引いていた可能性もある。
決定的なのは八子先生の家で行ったすごろくだろう。無茶苦茶なことが書いてある指令をすべて回避し、独壇場のままゲームを進めていった。最後の指令だって、一発で成功させるのは奇跡の領域だ。じゃんけんで必ず勝てるようにするぐらいの力があるなら、毎回六つの目の中から任意の数字を出すようにすれば容易に達成できる。むしろ、そうでもしなくてはあんな無茶ぶりをクリアできそうもない。
幸運を招き入れているだけなら、実害はない。祓う必要性もないと思われる。だが、美琴は大きく首を横に振った。
「便利な能力ではあるが、代償はつきもの。幸運を招き入れた後に反動で悪運まで招いてしまう。それも、場合によっては生死に関わる悪質なレベルのものすらある。今朝、浬に水難の相が出ていたから嫌な予感はしていたんだ。理由はどうあれ、同居人を命の危機に晒したのだ。看過しておくわけにはいかない」
美琴は強引に俺の脇を通り過ぎようとする。この手の能力では定番となる見返りだった。誰かが幸運になるなら、つじつま合わせで誰かが不運にならなくてはならない。しかも、大抵の場合は見返りの方が大きくなる。俺とて、牟田先生に会える代わりに川で溺れるなんて言われたら躊躇してしまう。
俺が絶句しているのをよそに、美琴は小野塚さんへと攻撃を加えようとする。すると、小野塚さんは右手を掲げて招き猫のように曲げた。これまで幾度か目撃したことがある。あれが幸運を招き入れる術なのか。
目測は正しかったようだ。美琴が小野塚さんのもとへ到達するより前に派手に転倒した。小石に躓いたようだ。咄嗟に受け身を取ったのは流石だが、地味に痛そうである。
「うむ。パンツはピンクか」
しげしげと観察され、慌ててスカートを下す。確かに、転んだ拍子にスカートが御開帳してしまったもんな。赤面して睨まれたので、口笛を吹いてごまかしておいた。
美琴が大勢を立て直しているうちに、小野塚さんは逃走を図ろうとする。だが、彼女にも悲劇が襲った。どうということはない。走り出した瞬間に小石に躓いたのだ。なんですか、このデジャヴ。
「あら、花柄なんて可愛らしいじゃない」
白を基調として赤い花が咲き乱れていた。女王様笑いをする美琴を小野塚さんは睨みつける。ついでに俺も睨まれた。しょうがないじゃない、事故だもの。と、相田みつをっぽく言っておく。
「……エッチ」
だから、事故だろ。なるほど、これが見返りというやつか。
女子高生二人のパンチラを堪能している場合ではない。両者ともに痴態を晒してしまったこともあり、完全に頭に血が上っている。本当にどうすればいいんだ。せめて、小野塚さんに悪気はないと説明しなくては。でも、美琴は話を聞いてくれる状態じゃない。
そのうえ、片手で印を結んでいる。本気で小野塚さんを祓うつもりだ。とはいえ、尋常ではない身体能力を誇る彼女なら回避できるかもしれない。
いや、ダメだ。転倒したはずみで、膝小僧に血が滲んでいた。どうにか立ってはいるものの、痛みからか歯を食いしばっている。
「大丈夫か、小野塚さん」
「平気。唾をつけとけば直る。でも、あの攻撃は間に合わない」
美琴の護符のことだろう。攻撃準備をしている相手を前に、悠長に回復行動をしている暇はない。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
どことなく、護符が発光している。手負いのシマウマを発見したライオンが為すべきことは一つ。獰猛な牙がむき出しにされた。
「人に仇なす妖よ失せろ! 悪鬼退散、急急如律令!」
寸分違わず狙いを定め、護符が放たれる。小野塚さんがどれほどの力を持っているかは分からない。でも、過去に護符に当たった雑鬼が消滅するのを目撃している。このままでは、彼女が消される。




