小野塚、猫と会話する
見知らぬ土地において、出会って一日も経過していない女性を探す。改めて、とんでもない無茶を仕出かしていると思い知らされる。やみくもに捜索していては埒が明かない。少しでも見当をつけなくては。
「小野塚さん、手がかりはあるのか」
「無いと言っただろ」
どや顔で主張されても困る。真っ先に名乗り出たから信用したのに。
「でも、助太刀は用意できる」
突拍子もない提案をすると、「ルールルルルルー」と言いながら指笛を鳴らした。都内に狐なんかいないぞ。いや、居るか。あいつは陽湖荘で夕食の準備をしているはずだ。
笛の音に反応したのかどうか分からんが、続々と猫が集まって来た。一匹だけなら「可愛い」で済むが、群れで集結すると逆に怖い。
びくついている俺をしり目に、小野塚さんは「にゃごにゃご」と訳の分からない言葉を交わす。いきなりニャホニャホ言ってどうしたんだ。ガーナのサッカー協会元会長はお呼びでないぞ。
そして、小野塚さんが手を振ると、猫たちは方々に散っていった。まったく状況が飲み込めていない俺に対して説明してくれる。
「野良の猫ちゃんたちに協力をお願いしていた。ここら一帯の猫と一緒ならすぐに見つかるはず」
「もしかして、小野塚さんはネコと話せるのか」
「話せるでしょ、普通」
話せないから、普通。さも当たり前のことのように驚かないでくれ。
野良猫に任せきりにするわけにもいかないので、俺たちも捜索に加わる。せめて、犬の耳とか首輪をつけたままならば目立ってすぐに分かるのに、きれいなお姉さんというヒントしかないからな。むしろ、珍妙な恰好をしていたら、今頃警察に保護されているか。試しに、警官に訊ねてみたら、「そんな名前の人知らない」とエロマンガ先生みたいな反応をされた。
とにかく歩き続けてきたものだから、膝が笑い出してきた。やはり、無謀だったのではないか。諦め半分どころか、ほぼ諦めて地面に腰を下ろす。清々しい青空かと思っていたら、どんよりと曇りがかっていた。
そんな俺を叱咤するなおりんボイス。まさか、八子先生より先に早山奈織に遭遇してしまうのか。なんて、淡い期待はすぐに打ち砕かれる。ただの携帯の着信だ。
だが、電話をかけてきた相手は小野塚さんだった。俺は慌てて通話を開始する。
「しもしも」
「バブル時代の人ですか」
「冗談だ。八子先生っぽい人が見つかった」
そうか。八子先生っぽい人を発見できたのか。なるほど。
「早くないか」
正直、日が暮れるまでかかると思っていた。案外、あっさりと見つけるものだな。
「野良猫のレオナルド・ニャビンチ君が発見してくれた」
猫だから名前はまだ無いんじゃないのか。モナ・リザを描いていそうな大層な名前の猫だな。
「川辺を寝床にしている芥にゃわ龍之介君が情報提供してくれたらしい。ニャンヌ・ダルクさんとクレオニャトラさんも向かっているって」
興奮して報告してくれてはいるが、野良猫の名前が気になってしょうがなかった。ここら辺の猫、たいそうな名前の奴が多くないか。日本の文豪とフランスの英雄が知り合いって、どんな世界観だよ。
合流するために、小野塚さんから詳しい場所を教えてもらい、俺も全速力で駆けていく。たどり着いたのは一級河川の土手。「都内に潜む希少生物を探る」とかのロケで利用されていそうな場所だ。
川の流れはおだやかで、たまにランニングする人が通過するぐらいであまり人通りは多くない。季節がもう少し先なら川遊びする人も出てきそうだが、現状はすっかり静まり返っていた。
小野塚さんに手招きされ、土手の草むらに身を潜める。レオナルドだかジャンヌだか分からないが、虎柄模様の野良猫が小野塚さんに喉を撫でられていた。
「なあ、こんなところに本当に先生がいるのか」
「静かに」
疑問を呈すると、人差し指を口に押し当てられた。訝しみつつ、水面へと視線を移動させる。
すると、川辺に一人の女性が佇んでいた。黄昏に映える物憂げな表情の美女。近くにレオナルドがいるせいもあって、創作意欲を刺激させる一幕だった。
あの女性がどうかしたのか。そう小野塚さんを問い詰めようとしたが、それより前に正体を把握した。よく目を凝らしてようやく分かったのだが、あれは八子先生ではないか。
とっさに駆けだそうとすると、小野塚さんから停止させられた。どうしてだよ。早く戻ってきてもらうように説得しなくては。
いや、様子がおかしい。じっと水面と睨めっこしたまま微動だにしないのだ。破天荒な彼女には似つかわしくない沈鬱な表情が異変に拍車をかけた。




