小野塚、切り札を握る
アニメが爆死したせいでやさぐれ、挙句の果てには弟子である同業者に暴言を吐いてしまった。そんな話を聞いた後で、「アニメのアフレコについて教えてください」なんて尋ねたらどうなると思う。泥沼に片足を突っ込んだ挙句、底なし沼に沈んでいくのがオチだ。
それに、せっかく平生を取り戻しているのに、また無茶苦茶な要求をされてはたまったものではない。冗談抜きで俺がメイド服を着る羽目になりそうだ。
だからといって、せっかくのチャンスをむざむざと逃す手もない。どうにかして牟田先生から話を聞き出す方法。あるとすれば一つだ。
「牟田先生。八子先生と仲直りしませんか」
俺の提案に牟田先生は目を白黒させる。他のみんなもきょとんとしていた。
「漫画なんてクソくらえは本心ではないんですよね。だったら、素直に謝れば許してくれますって」
「そうです。先生方が仲たがいしたままなんて嫌です」
「うむ。喧嘩はダメ」
「よく分かんねえが、きちんと話し合えば済むことなんだろ。じゃあ、話すしかないじゃないか」
「森野のわりにはまともなことを言うな。ま、俺も同意見だ」
賛同して次々に牟田先生を説得にかかる。うろたえていた牟田先生だったが、大きくため息をついた。
「高校生に説教されるとは、俺も落ちぶれたものだな。でも、間違ったことは言ってないから、言う通りにしてやるよ」
頭を掻きながら言う牟田先生を前に、俺たちはハイタッチを交わす。
「けれど、どうやって八子先生を見つけるんだ。彼女が行きそうなところなんて知らんぞ」
喜ぶのもつかの間、一気に奈落の底へ突き落された。
知り合って一日も経過していない成人女性が行きそうなところなんて、早々見当がつくわけがない。まして、電車に乗られでもしたらアウトだ。公共交通機関を利用してもいい鬼ごっこなんて、賽の河原で積み石をやっているに等しい。
手がかりが無くては探そうにも探しようがない。途方に暮れていると、小野塚さんが唐突に挙手した。
「八子先生は遠くには行かない。と、思う」
「どうして断言できるんだ」
「だって、お金を持っていないから」
いや、それはおかしいだろ。お金を持っていないなら、電車でどうやってここまでやってきたんだ。一緒に乗ってきたが、彼女が無賃乗車をしていた気配はない。
すると、小野塚さんはポケットをまさぐると、横長の皮財布を取りだした。成人女性がプライベートで使っていそうな豪奢な柄だが、中央に貼られている犬太郎のシールがすべてを台無しにしていた。幼稚園児じゃないんだから、所構わずキャラクターのシールを貼るなよ。
いや、それはさておき、この財布の持ち主は容易に想像できる。
「もしかしなくても、八子先生の財布なのか」
「その通り」
児玉清の微妙にうまい物真似はさておき、とんでもない代物を握ることとなった。
「どうして小野塚さんがそんなものを持っているんですか。まさか、盗んだんじゃないでしょうね」
「ズッキー。そいつは失礼」
瑞稀が当然の推測をぶつけるが、小野塚さんは堂々と否定した。どう考えても窃盗を働いたとしか考えられないぞ。直接攻撃した時に相手の持ち物を奪う特性を持った猫ポケモンもいるぐらいだし。
「この家からいきなり走り去ったときに、ポーチから転がり落ちていた。返そうと思っても、とっくの昔にどこかに消え去っていた」
「小野塚さん、そういうのはもっと早くに言うべきでは」
「聞かれなかったもん」
小泉の指摘に、小野塚さんは開き直った。百八十度回転した時にポーチがはためいていたから、あの時だろうな。
財布がこちら側にあるということは、待機していれば取りに戻ってくるだろう。でも、ただ待っていると日が暮れそうだ。既におやつの時間はとうの昔に過ぎ去っている。グズグズしていると太陽までさようならしかねない。
「ここは二手に分かれるのはどうだ。八子先生は財布を探すためにここら近辺に留まっている可能性が高い。こちらから探しに行けば出会えるかもしれない。そして、八子先生が自ら訪問して来た時のために、もう一方がここで待機する」
「いい考えだな。じゃあ、グッとパーで分かれようぜ」
俺の提案を引き継ぎ、森野が拳を出す。
しかし、先んじてパーを出して、そのまま天に掲げたのは小野塚さんだった。
「八子先生を探しに行くのは任せてほしい」
「小野塚さん。宛はあるのか」
「ない。でも、大丈夫だと思う」
心配した小泉がずっこける。俺とて一緒にずっこけたかった。でも、根拠のない自信を振りかざしているわけでもなさそうだ。第六感とでもいうべきか、小野塚さんの動物的本能にかけてみてもいいと思った。むしろ、そこまでしないと探索できそうにない。
「せっかく立候補したんだから、任せてもいいんじゃないか」
「さすがはカイカイ、話が分かる。じゃあ、一緒に行こう」
腕を絡ませてくる小野塚さん。えー、強制かよ。首を振ろうとしたが、より強く締め付けられた。なんか柔らかくてプニプニしたものが当たっているのですが、やめてもらえませんかね(棒読み)。
「小野塚さんが行くなら私も行きます」
瑞稀が彼女にしては珍しく堂々と立候補する。しかし、したり顔をした小野塚さんはまっすぐに彼女の頭の上を指さした。
「その恰好で、行くつもり?」
頭上を触り、瑞稀はすべてを察した。
突然の土下座から始まったものだから指摘する暇が無かったのだが、この瞬間まで瑞稀はネコミミカチューシャをつけていたのである。赤面して、すばやく装備を外す瑞稀。森野から「可愛かったぜ」とサムズアップされると、「知っていたなら教えてください」とほほを膨らませた。あえて小野塚さん風に言おう。「聞かれなかったんだもん」ってな。
「うう。美琴さんに猫難の相が出ていると言われたのですが、こういうことだったのですね」
カチューシャを握りしめて嘆息する瑞稀。忘れかけていたけど、そんなことを言っていたな。まさか、妙な予言が現実になるとは。
ならば、俺の水難の相も当たってしまうのか。いや、水辺に近づかなければいいだけの話。大丈夫だ。大丈夫、だよな。
カチューシャつけっぱなしのショックが響いたのか、瑞稀は待機することを選択した。また、牟田先生と二人きりだと良からぬことをされるといけないというので、森野と小泉も留まる。
「俺、危険人物みたいな扱いになってねえか」
牟田先生が嘆くが、それだけのことをしたのですよ、あなたは。通報されないだけありがたく思いなさい。
こうして、俺と小野塚さんは八子先生を探しに町へと繰り出していくのであった。




