牟田先生、本心を語る
毒牙が抜けたので、妙なことをされる心配はなさそうだ。万が一のために待機してもらっていた森野と小泉を呼び寄せ、俺たちは一堂に会する。各々、楽な姿勢で座っている中、牟田先生だけはきっちりと正座をしていた。
「八子先生を追い払うために、わざとあんな態度を取ったんだ。それからすぐに態度を軟化させては示しがつかない。あまり話したくないというのは事実だったし、わざと傲慢に接したというわけだ」
少しどもりながらポツリと話す。八子先生を追い払う、か。意外な発言に虚を突かれていると、森野が追及の手を入れた。
「牟田先生と八子先生はどんな関係なんですか」
ざっくりとはしているが、返答次第ではなぜあんな態度を取ったかの謎を解き明かすことができそうだ。牟田先生は背筋を伸ばすと、天を仰ぐ。そして、ゆっくりと語りだした。
「八子先生は俺の弟子みたいな存在だった。作風は違うが、根幹は擬人化された動物が主役の日常ギャグマンガということで、よく喧々諤々したものだ。たまにきついことを言ったこともあったが、彼女は真摯に受け止めてくれた。なんというか、妹がいたらこんな感じだったんだろう。俺、一人っ子だったから勝手にそんなことを思っていた。今のは本気にしないでくれ」
俺もそうだから若干共感できる。姉、っぽい存在はいたな。回想の世界に浸りそうになったが、先生が続きを話そうと口を開いたので、必死に現実の世界に戻る。
「彼女もまた、俺のところにひっきりなしに通うようになっていた。その頃だったか、似たような漫画を描いている他二人と合わせて、ブレーメン四天王と呼ばれるようになったのは」
「担当さんから聞いたことがあります。本当に仲が良かったんですね」
「それにしても、妙だな」
小泉が眉を寄せた。今の話に不審な点なんてあったか。
「八子先生と牟田先生だと美女と野獣って感じだろ。よく釣り合ったなと思って」
「小泉さん、それを言ったら身も蓋もありませんよ」
窘めるものの、瑞稀も笑いを堪えるのに必死だった。瑞稀だったら嘲笑する権利があると思うぞ。
「漫画を描くのに容姿は関係ない。それに、昔の俺はもっとかっこよかったんだ」
自分で言うかね。俺は苦笑するが、牟田先生が机から出してきた写真に開いた口をふさぐことができなかった。
数年前の八子先生だろうか。現在より若干若い。きれいな女子大生といったところか。彼女もさることながら、問題は隣に映っていた人物だ。中肉中背で健康そうな笑顔を浮かべてブイサインをしている。
えっと、誰だこのイケメン。絶妙に八子先生と釣り合っているというのが、なんか腹立たしい。でも、どこかで見たことあるような。
「牟田先生。誰ですか、この人」
「俺だ」
「誰ですか、この人」
「……俺だ」
俺は難聴になったのかな。とてつもなくありえないことが聞こえたような。
今一度写真の人物と、現実世界にいる牟田先生を見比べる。体格は全く違うが、顔つきはそっくりだ。
「先生に兄弟っていませんよね」
「いないな」
「じゃあ、まさか」
俺が青ざめたのと同時に、他の面子も似たような反応を示した。
「このイケメンが牟田先生だと!?」
いや、ありえないだろ。耳をすませばのムタじゃない方の猫っぽい人が牟田先生だと。どうやったら数年で豚になるんだよ。
「きっかけはネコパラのアニメだった。自作がアニメになるというのは作者冥利に尽きるというもの。俺もまたそうだったし、八子先生も自分のことのように喜んでくれた。でも、結果は知っての通りだろう」
期待に胸を膨らませたが爆死したというわけか。誰しも応答することができなかった。
「そこから描こうと思ってもうまく筆を走らせることができなかった。苦労して完成させてもアンケートで酷評される始末。ああ、俺はどうして描いているんだろう。そんな考えに苛まれ、ついドカ食いしてしまった」
「激太りしたのはそのせいですね」
なんというか、笑えない事情が含まれていた。漫画に限らず、創作の世界には「日本を代表する」と冠がつく人気作もあれば、話題にすらならない作品もある。誉を受ける人もいれば、底辺で汚泥を舐める人もいるというわけだ。牟田先生は頂点を掴んだかと思いきや、一気に奈落の底に突き落とされた。やさぐれてしまうのも無理からぬ話である。
「おまけに、後発でアニメがスタートした八子先生は売れに売れている。そのことが余計に癪だった。師匠ならば弟子の活躍を祝福してやるべきだろうが、俺はそこまで大人ではないのでね」
偉そうに偉くないことを言うが、冗談にはできなかった。
「では、今は漫画を描いていないのですか」
瑞稀が質問すると、しばらく沈黙が続いた。次なる発言の機会を掴みあぐねている中、牟田先生は三段腹をひっかいた。
「いまいちインスピレーションが湧かないんだ。連載していた時の印税や、アニメ化の報酬でどうにか生活はできている。だが、それも限界に近い。だからといって、漫画以外にやりたいことと言われても皆目見当がつかん」
「要するに、プー」
小野塚さんが核心を突いたせいで牟田先生は二の句を告げなくなる。クラウドソーシングでイラストを投稿して小金を稼いでいるそうだから、完全に無職ではないらしい。しかし、自堕落な生活態度といい、近いうちに破綻するのは目に見えていた。
「八子先生がやって来た時に高圧的な態度を取ったのは、致し方ない部分があるんだ。あいつにとって、俺は師匠。今でもあこがれの存在とか思っているのだろう。そんな人物が豚みたいな生活を送っていると知れたらどうだ」
初対面の行動は八子先生を思いやってのことだったのか。話からすると、堕落したのはアニメが爆死してから。以前の牟田先生しか知らない八子先生が現状を目の当たりにしたら、幻滅するに違いない。
「じゃあ、漫画なんてクソという発言も嘘ですよね」
いつになく強い口調で瑞稀が詰問する。森野と小泉が意外そうに彼女を眺めていた。漫画と小説。媒体は違うが、彼女もまた創作に勤しんでいる。あの発言が許容できないのも道理だ。
「正直、クソだと思ったことはある。いくら粉骨砕身して仕上げたところで、アンケートやネットでぼろくそに貶される始末。理不尽な難易度でも最適解があるテレビゲームの方がよほどマシ。とんでもないクソゲーじゃねえかと思ったね」
文芸作品をゲームに例えるのはナンセンスかもしれないが、これといった攻略法が無いという点ではクソゲーかもしれない。むしろ、そんなものがあったら誰しも簡単に名声や大金を得られるようになってしまう。そんな世界も悪くはないが、ヌルゲーすぎてつまらなさそうだな。ゲームに例えるなら、平坦な道をずっと走っていくだけでクリアできるスーパーマリオみたいなものだろ。せめてクリボーを出せと言いたくなる。
「けれども、八子に面と向かってぶつけたのは悪かったと思っている。あいつを追い返そうとして咄嗟に出たのがこの言葉だった。あいつは本気で漫画を描いているというのは一緒に仕事をしていて嫌というほど分かったからな。出来心とはいえ、心ないことをぶつけてしまった」
強く拳を机に叩きつける。後悔にまみれ、奥歯をきしませている。横柄な態度に辟易したが、どうやら根っからの悪人ではなさそうだ。だからこそ、八子先生に誤解を持たれたままの状況は看破したかった。
本心をぶつけられて圧倒する俺たち。「他に質問はないか」と促されても、口を開ける者はいなかった。
この時こそ、俺の本来の目的である早山奈織について聞くべきだったかもしれない。だけど、一つだけ言わせてもらおう。
聞けるわけがない。




