浬、メイド服を着る?
女子高生二人だけではなく、おっさんまで引いていた。俺も無茶苦茶なことを言っている自覚はある。けれど、ネコミミメイド瑞稀を上回るインパクトなんて、こうするしか用意できないのだ。
「お前、頭がおかしいんじゃねえのか」
少なくとも先生にだけは言われたくない。
「カイカイ、どうしたんだ。熱でもあるのか」
小野塚さんからも心配されたので、俺は説明してやることにした。
「要は、メイド服を着ることによって生じるギャップを嗜みたいわけだろ。ならば、男の娘なんて、おあつらえ向きじゃないか」
「男の、娘」
生唾を飲まないでくれますかね。でも、思った通りだ。美少女だけど男。いわゆる「とつかわいい」理論。琴線に触れるシチュエーションを用意するなら、これしかなかった。
もちろん、俺とて進んでミニスカメイド服を着るのはご免だ。よーこさんとか美琴に知れたら、どんな仕打ちを受けることか。それ以前に、社会的に抹殺されそうである。でも、これも早山奈織の情報を得るためだ。いかなる苦汁でも飲み干してやる。
捨て鉢になって宣言し、場の空気が氷点下となる。いち早く破ったのは、乾いた笑いを発する牟田先生だった。
「い、いいだろう。そこまで言うなら見せてもらおうか」
声が上ずっているが大丈夫か。俺が手を差し出すと、メイド服を手渡そうとする。こいつを受け取ったが最後。俺は世間と戦わなくてはならない。いや、これまでずっと戦ってきたんだ。今更、強敵が乱入してきたところで動じるものか。
俺は目を閉じてメイド服に手をかける。まさに、その時であった。
「待ってください!」
突然の大声に、俺は慌てて手をひっこめる。叫んだ主は肩で息をしていた。
スカートをしっかりと握りしめ、猫背になっている。涙目になっていることから、俺以上に捨て鉢だったのだろう。でも、視線はしっかりと俺たちを捉えていた。
「浬さんにばかり無理はさせられません。私のメイド服が見たいのなら、私がやります」
「いや、無理しなくていいんだぞ。俺は一向に構わない」
「いいえ。浬さんをこれ以上変態にさせるわけにはいきません」
とんでもなく失礼なことをぶつけられたが、瑞稀はいたって真面目だった。耳朶を打たれて立ち尽くす俺に、瑞稀はずかずかと歩み寄ってくる。
「私は浬さんに助けられてばかりでした。浬さんには浬さんの目的があって、結果的に私を助けてくれたというだけに過ぎないかもしれません。でも、助けられたのは事実です。
だから、恩返しがしたいのです。私が我慢して着替えればいいだけの話でしょ。このくらい、訳はありません」
「本当に無理はしなくていいんだぞ。カチューシャをつけるだけでも死にそうだったじゃないか」
「無理なんかしていません。私の意思で着替えたいと言っているんです」
「だから、やせ我慢せずに、俺に任せて」
「どうして、分かってくれないんですか、この分からず屋」
大声を張り上げ、曲がっていた背を更に曲げる瑞稀。顔が歪んでいるし、どう考えても無理をしているよな。
「あいつは、ギャップ萌えを楽しみたいだけの変態だぞ。別に喜ばせる必要はないんだ」
「でも、満足させないと浬さんの目的は達成されないんですよね。だったら、手助けぐらいさせてもらってもいいじゃないですか」
「瑞稀が頑張らなくても達成できそうだから言ってるんだろ」
「出しゃばるなってことですか!? 私だって、やるときはやるんですよ。黙って見ててください」
「ズッキー。喧嘩はよくない」
「小野塚さんは黙って」
「はい」
小野塚さんを瞬殺した、だと。くそ、どうしてこうもムキになっているんだ。逆に引き下がれないじゃないか。
「カイカイ。ここはズッキーに任せればいい」
「でも、瑞稀は恥ずかしくて着れないはずだろ。だったら、俺がやるしか」
「ニブチン」
実際に手は出されていないのに平手打ちされた気分だ。俺だって恥を忍んで発言したんだぞ。今更撤回するなんて。
議論はまさに平行線上だった。まさか、メイド服を巡って論争が起きるとは誰が予想できようか。このまま、講和条約が結ばれることなく泥沼化する。そんな危惧が抱かれたが、戦争は意外な形で終戦を迎えることとなった。
「どうも、すみませんでした!」
繰り出されたのは土下座である。大の大人が平伏し、額を埃まみれの地面にこすりつけている。突然の奇行に、俺たちは急激に戦意喪失してしまう。
呆然としていると、牟田先生は顔を上げた。額は赤くにじんでいる。鈍い音がしたからまさかと思ったが、予想通りだった。
「本当はまともに話をするつもりはなかった。適当に無理難題をふっかけておけば、勝手に帰るだろうと思ったんだ」
高圧的な態度はどこへやら。泣き出しそうな声音だった。強力な外装を破壊したら、中からひょろひょろな装着者が出てきたといったところか。
「まさか、俺の戯言を真に受けて喧嘩するなんて、予想外だった。掃除までしてもらったうえに、道楽に協力してもらったんだ。君たちには頭が上がらない」
再び額を地面にぶつける牟田先生。放っておくと額から出血しそうだ。勝手に病院送りになっては困るので、俺は顔を上げるように促す。もしかしなくても、現在の気弱モードが本性なのだろう。




