牟田先生、変なカチューシャを取り出す
「おお、まさか本当にきれいにしちまうとは」
この中で一番サボタージュしていた先生が刮目していた。元はといえば、あんたが汚部屋を作ったせいだからな。
「小野塚さんも納得しているみたいだし、今度こそ話を聞かせてもらいますよ」
「よく見ると、そこの二人。なかなか可愛いじゃねえか」
脈絡なく何を言い出すんだ。面食らった瑞稀が小野塚さんと抱き合っているぞ。
俺たちのことなどお構いなしに、牟田先生は押入れの中をまさぐる。布団が雪崩を起こす野原家の惨状を危惧したが、そんなことはなかった。服が乱雑に脱ぎ捨ててあったし、押入れの中に収納する物が少なかったおかげだろう。代わりに漫画本が乱雑に積み重ねられていた。
巨体を揺らして何かを探っていたようだが、やがてカチューシャのようなものを取り出した。男が一人暮らしをしていて、どうしてカチューシャなんか持っているんだという不審な点はある。しかし、もっと指摘しなくてはいけない点が存在した。
そのカチューシャはただのカチューシャではない。黒猫の耳がついていたのだ。
全く以て意味が分からん。成人男性が日常生活を送るうえでネコミミカチューシャが必須になる場面なんて存在しないはず。なのに、どうしてそんなものを持っているか。考えられる可能性は二つ。一つは、パーティーとかの景品でもらった。もう一つは趣味で買った。できれば前者であると信じたい。
「ちょっと、こいつをつけてもらえないか」
放心している女性陣をしり目に、アニメならしいたけの目になっている勢いで迫ってくる。後者だ。絶対に所持している理由は後者だ。
「り、理由がわかりません。どうして、そんなものをつけなくてはならないのですか」
「漫画の取材だよ。俺の代表作を知らないのか」
ふんぞり返っていますが、理由になってないからな。確かに、牟田先生の代表作はネコミミの美少女ばかりが出てくる「ネコミミ☆パラダイス」だけどさ。八子先生も似たようなテンションだったけど、漫画家はこんな人物ばかりではないと注釈を入れておきたい。そうだよ、な。
断固拒否の瑞稀に対して、小野塚さんは興味津々だ。牟田先生から素直にカチューシャを受け取っている。
「こいつを頭に乗せればいいのか」
首肯され、念入りに指で埃を払っている。そして、躊躇することなく装備した。
結論から言おう。全く違和感が無かった。彼女の髪の色は白銀なので、白耳の方がしっくりくる。実際、本性を現した時は白耳だったし。でも、元が猫であることは変わりない。そんな彼女がネコミミカチューシャをつけているのだ。しかも、こなれたように指を曲げて猫の仕草を再現している。
リアル猫娘の登場に、観客三人は心奪われていた。特に、牟田先生は無意識のうちに携帯のシャッターを押している。撮影料を払ってもいいレベルなのに、勝手に撮るなんて御法度だからな。
「おお、いいじゃねえか。うーん、やっぱこっちの方が似合うかな」
そう言って取り出したのは白いネコミミだった。どうして色違いまで用意しているんでしょうかね。それから、三毛、ぶち、虎と出るわ、出るわのネコミミパラダイス。ネコミミカチューシャの蒐集家なんて初めてお目にかかったぞ。オタクの深淵は予想以上に淀んでいたようだ。
褒めたたえられて調子に乗っているのか、小野塚さんは言われるがままにポーズを取っている。いつしか、小野塚撮影会と化していた。いや、本当に俺はここに何をしに来たんだ。すっかり蚊帳の外に陥っていると、いきなりビシリと指を差された。瑞稀が。
「さあ、次は君の番だ」
「え、えええ!? 私もやるんですか」
瑞稀はうろたえている。むしろ、こっちが正常な反応だ。縁もゆかりもないおっさんの前でネコミミカチューシャをつけてポーズを取れなんて、いたいけな女子高生がすんなり達成できるミッションではない。
しかも、あろうことか小野塚さんが同調してネコミミを外して迫ってくる。逃げる瑞稀と追う小野塚。窮鼠猫噛みの理論で瑞稀が反撃するか。だが、逃走空間が狭すぎたこと。そして、小野塚さんの身体能力がはるかに上回っていたことが災いし、瑞稀はあれよという間に壁際に追い詰められてしまった。
そこから一分足らずの間に二人で相談していたようだ。小声だったので、会話の内容はよく分からない。聞き耳をたてると、小野塚さんに威嚇された。携帯の写真フォルダを気持ち悪い顔つきで眺めているおっさんと一緒に待機しなくてはいけないのかよ。
やがて、密約が終わったのか小野塚さんが俺のもとへ帰還する。瑞稀も一緒かと思いきや、彼女は壁際で留まっていた。しかも、ただ留まるだけではない。彼女の右手には黒いネコミミカチューシャが握られていたのだ。




