61.庇う者も捕らえよ
その姿に、アメール公家の衛兵達はさらに躊躇し身をすくませる。が、アメール公は、
「庇う者も捕らえよ。容赦の必要はない。これは、国家的な犯罪である。力の抑制をもっとも必要とする監察者の犯した犯罪である。公家でなくて、誰が捕らえられようか!」
と声を放つと、まるで、突き動かされたかのように飛び出した。躊躇が消えて、槍の刃を翻し柄を向けるという遠慮はあったのだが、そのまま、柄で押さえるように彼らを囲った。
王が、ここでやっと、意識を戻して声を上げた。
「アメール公、道理が通らぬ。なぜ、今、アッフェル・フォルトなのだ! 彼女こそが、民の絶望を救い、我が国を救った功労者ではないか! 何が神だ。難癖を付けているだけだ。おまえだとて承知のはずだ!」
「陛下。だからこその罪人です。今、ここで、歌による功労者が出てはならない。歌は罪。陛下の許可があっても、歌に関われば罪人がでる。そして歌を歌えば、神の顕現と見まごうことが現れる。だかこそ、国が管理し、監察者の下に囚われるのです。それこそが、この国の基盤でしょう!」
「むちゃくちゃだわ」
と歌姫が、小声とはいえ憤懣を吐き散らす。アメール公は見向きもしない。
「アッフェル・フォルト、歌を利用し、神を持って、民を洗脳せんとした罪、何よりも厳しく処罰されるべきこと。許されると、思うな!」
と言い放ったのだった。この声に、歌姫が言い返す。
「歌のせい?! そこまで怖いの! なんで、そこまで歌が敵なの! 私が失敗しただけじゃない! 私の歌が救いにならなかったのは、歌のせいじゃない。私のせい。私が自分の歌を認めなかったから。歌に、悲しみが溢れだしたのに、気づこうとしなかったからよ! 歌い手として、失格だったからよ!」
と歌姫が怒鳴っていた。
「だいたい、歌がなによ。大したことなんかできないわよ! 泣いている人がいて、慰めていると一緒に悲しくなって泣いちゃうのと一緒でしょ! もらい泣きってあるじゃない、それとどこが違うって言うのよ!」
と開き直ったような声で怒鳴っていた。どこか何かが吹っ切れたんだな、とバッセルは思った。と同時に、アッフェル・フォルトの手が緩んでいるのに気がついた。そして、すっとしゃがみこんで手から離れて、離れた途端、バッセルは、
「私です! 昨日、光の柱を造ったのは私なんです!」
と叫んでいた。家族の事も隠匿の罪の事もどこかにすっかりとんでいた。バセロン・オーンが歌姫を押しやるように、
「昨日、私が操ったのです。物語を使って、そして、その少年の力を使っただけです!」
と言うと、しれっとした声で、シェルフォードが、
「私がやった。光の滝を、神と誤解するような馬鹿がいるとは思わなかったからな!」
と大声で言った。そして、王が、低く、
「朝日を、神だと言いだす馬鹿がいるとも思わなかった」
と呟いた。
その後、はっきりした声で、王弟が、
「アメール公、これはだめだよ。朝日は朝日さ」
と砕けた緊張感のない声で言ったのだった。
いつの間にかソファーで、ピンクの髪を頭上で結わせ、足を組んでグラスの香りを味わっている王弟がそこにいた。お茶では物足りなかったのが、酒に替えたようだった。バッセルは、不愉快になった。この王弟だって原因の一つじゃないか! と思った。この王弟が歌姫を連れて来たりしなければ、せめて、もっと別の方法を取っていれば、こんな事は起こらなかったんじゃないかと思うと、やたら腹がたった。その王弟が、香りを味わっていたグラスから、そっと一口味わった。気にいった味だったのだろう、ほっと顔がほころぶのが分かる。
「おまえは勘違いをしてるのさ。朝日は作られたのではなく、でてきたのだよ」
「そう思わせるほどの力があったと、言っているのでございます」
アメール公は素早く言った。すると、王弟は、すいっと視線を外に向けた。日は高く昇り、広場は人が詰め掛けて、壊れてしまった祭りの飾りを直しているのか、掛け声があたりに明るくこだましていた。倒された旗飾り用のポールを立てなおし、足元に散らばった泥や、脱ぎ捨てられている靴を、拾ったり掃いてりしているのが気配で分かる。その気配を聞くような表情をしながら、
「違う違う。朝日は自分で顔を出したと言っているのさ。力技じゃなくってね。僕は、まさか、本物の妖精王の娘がここに来ているとは、ついさっきまで、思ってもいなかったんだけど。方便を信じる気になってしまったよ」
と言って笑った。青年でも女性でも無く、いたずらっぽい少年の顔だった。
アメール公は辛抱強い顔をした。意味が分からないのは全員だったのだが、アメール公は、後見人の為か慣れているのだろう。王弟派とは言え、王位をねらっているとまで言われているのだが、王弟殿下には敬意を払っているようにも見えた。王弟殿下は、外へ向けていた視線を、空へ向けた。真っ青な澄んだ青空を見上げて、目を細めると、
「あれが人の力だと、本当におまえは思うのかい? あの瞬間、あの雷雨が晴れた瞬間、おまえは思わなかったのかい? あれほどの濃厚な雨雲を止め、普通なら、止まずに、今も降り続けていそうな雨が、一瞬にして消してしまえる何かがあった」
と言って、アメール公へ目を向けた。
バッセルは、それを神だとアメール公が言っているんだ、と言いたくなった。この偶然を、神呼ばわりしたせいで、アッフェル・フォルトは上手くいけば幽閉、でも、ほぼ、今の状態だと絞首刑にでもなりそうな勢いなんだ、と。歌の終わりに雨が上がって、ちょうどその時、朝日が顔を出したから。誰が、これほどの奇跡を演じられるだろう? と思うような偶然だったから。と思った時に、ぞっと背筋を冷たい物が駆けあがって行った。衛兵達も同じように感じたらしい。アッフェル・フォルトを捕らえるようにしていた柄がわずかに揺れて、身を逸らすように姿勢をただした。計り知れない程の巨大な力に、恐怖を覚えた。
アッフェル・フォルトは、あれを否定しなかったのだ。バッセルを庇うためだと思ったのだが、アッフェル・フォルトは自分がやったと告白している。しかし、王弟殿下は、何の恐怖も籠らない、愉快そうな声で、
「あの朝日は、まるで、妖精王の娘の歌声に、つい顔を出してしまったように見えなかったかい? 妖精王の娘の歌声に、世界が喜びを見せたようにも見えた。もしくは、あの瞬間、本物の妖精王がここへ現れて、娘の為に、雲を晴らして日を登らせたのではないのかな?」
王弟の言葉に、アメール公は、首を左右に振り続けた。
「ねえ、公よ。もし、この瞬間、世界でさえ喜んだあの歌声を、人が罪だと断罪したら、世界はどんな罪を人に被せてくるだろう? 僕は民を守りたい。国を守りたい。人を守りたい。王家を守りたい。妖精王を敵に回すなんて愚かなことはしたくない。妖精王は歌を愛しているんだよ? 歌姫を娶ってしまうくらいにはね」
そう言って、グラスを、横に控える近従の盆に戻した。そして言った、
「あの歌を素晴らしいと感じる世界を僕は信じたい。救いたいという気持ちから歌われた歌を、世界は喜び、日を登らせた。僕は、この世界こそが正しいのだと思う。妖精王が統べる世界は、優しく明るい。この世界があってこその国であり、決まりだ。世界を敵に回しては、国は成り立たない」
「しかし」
と言うアメール公に、王弟は思いのほか低い整った言葉で話しかけた、
「アメール公よ、今、この瞬間、妖精王の加護が確かなものであったと確認できたのだぞ。これほどの喜びはあるまい。姿を見せぬ、昔語りにしか現れなくなった妖精王を、各国は疑い始め、我が国の隙を狙いだしたのではないか。この祭りの前の、一大歌劇は、きっと、今、この瞬間にも各国中へ伝えられているであろう。我らは、一言、妖精王のご加護があればこそ、と言えばいいのだ。誰が疑う? 一瞬にて王国中の人間を死に追いやりながらも、一瞬にして全てを救って見せる、この巨大な力を、敵となって試してみたいと思うものは、おるまいぞ」
アメール公がまっすぐ王弟を見続けていた。この男を、なぜ、王にできないのだろう、と思っているようにも見えた。ピンク色の髪を結いあげ、頬に、朝日を受けている。ふざけたように描いた細い眉は、からかうように山形で、この道化の全てが、この国の安泰の為なのだ。と、いつものように、にがにがしく思う。その脇に立つ、近衛に護られた、風貌の立派な王は、じっと彼らのやり取りに耳を傾けていた。賢人の名で歌われる現王は、この弟が同じように立派な風貌で脇に立てば、かすんでしまう。アメール公はそう考えたようだった。それが悔しかったのではないだろうか、とバッセルは思った。思うだけでも不敬なのだが、思わざる得ないほど、アメール公は情感に満ちた顔をしたのだった。王弟殿下は先を続けた。
「歌は、止まった。止められるのだと、我らは知った。妖精王の加護を確かめ、祭りの余興にもなった。アッフェル・フォルトは我らの宝。妖精王の力を顕現させ、我らを護る根幹である。それで十分ではないか」
アメール公はそれでも、と言うように言い返した。
「もし、本当に、このアッフェル・フォルトが妖精王の娘だとおっしゃるのなら、その証拠がいただきたい」
今、証拠を見たと言った王弟へ、アメール公は言い募り、
「出入国の門を」
と言いかけたところで、言葉を遮るように、王が声を張り上げた。
「アメール公! 先ほど以上の証拠は無用。必要だとは、言いがかりにすぎぬ!」
アメール公は、王弟へ見せた顔とは全く別の冷ややかの顔になり、ゆっくりと手を伸ばして、歌姫の脇でしゃがみこむ男を指差した。そして、王を無視するように再び言った。
「出入国の門を、妖精王との約条の証である、妖精王の門を戻して頂きたい。再び、王の許可無き者は通れぬように、約条を戻して頂きたい。この男のように自由に通れぬように門を固めて頂きたい」
と言ったのだった。




