60.ぞくぞくと衛兵が現れる
アメール公爵は、シェルフォードと同じ銀の瞳をしていたが、ずっと冷ややかで骨ばった顔の中で温かみも無く光っていた。
その後ろからぞくぞくと衛兵が現れる。廊下はもちろん、階下にも、内庭にも、衛兵だらけなのではないだろうか、と思うくらい、ぞくぞくと現れた。王宮へ、王家を守る為に常駐させている公家の衛兵達だった。どの家の衛兵達より煌びやかで、銀の肩章に光沢のある濃紺の生地の上着を着ていた。胸から腰に掛けては公家の紋である火竜と火円の刺繍が銀糸と金糸で厚く縫われ、膝下まで来る上着の下からは膝上まで来るブーツが見える。先を磨き抜いたブーツが半歩前へ突き出され、手にした槍は先に刺繍飾りのリボンが翻っているのだが、鞘が抜かれ朝日に眩しくきらめいていた。王がいるというのに、廊下から室内へ刃を向け、アメール公を護るように展開していく。
アッフェル・フォルトの脇に、ゆったりとした動きで、シェルフォードが立った。バルコニーを背に、朝日を受けて。王の脇には、音もなくアルヘルストが近寄って行き、その周囲を近衛兵が囲む。王弟へも侍従達が駆けよる。が、王弟は軽く片手を振って下がらせた。アメール公は王弟の後見者だった。侍従達はそのせいで、下がって行ったのだが。
バルコニーの前で、アッフェル・フォルト達の脇で、バセロン・オーンが妻を護るようにして立ちあがった。しゃがんでいた歌姫は、バセロン・オーンに護られるように立ち上がり背中にしがみつくようにシャツを持つ。ぼんやり見ていたバッセルの前に手が伸びてきた。そこで、やっと意識が戻る。見ると、アッフェル・フォルトが、自分を庇うように手を広げていた。バッセルは、慌てて、自分が守らなければ、と前へ出ようとしたのだが、アッフェル・フォルトの腕は強く、全く先へ踏み出せない。アメール公は、周囲を衛兵達が囲みきるのを待って、声を上げた。
「我が国の重罪人を捕らえに参りました」
とまるで、宣誓するような声だった。王は冷静な声で、
「全ては我が許可の下である」
と言うと、アメール公は首を横に振って否定しながら、
「そのような愚かな事をなさる陛下ではあられますまい」
と言い、王が不愉快そうに、
「歌を許可した。今後は、王家の管理の下、歌の使用方法について、監察者ともども研究に当たらせる」
「責任者は私だわ」
と王弟がのんびりした声を出した。
いつのまにか、ソファーに腰をおろしていた。手にグラスもカップもないのが物足りないと言う風に見え、ピンクの髪が風にそよぐと指でかき揚げ、ふふふっと笑った。バッセルはぎょっとしたのだが、公の場で見る女性っぽいいつもの王弟殿下がそこにいた。
アメール公は、王弟へ丁寧な会釈をした。が、すぐに王を睨み、
「陛下と殿下の、未来を見据えての改革に、私共、公家がいなやを申し上げるはずもございませぬ。歌の脅威を感じた今日。これを野放しにせず、対抗策を探るためにも研究が必要かと。陛下の御英断に感服するばかりでございます」
と妙に回りくどい、へりくだった言い方をした。
アメール公の母親は、先代王の叔母に当たる。丁寧な物言いをすることはあっても、へりくだる事はありえなかった。
「御英断なのに衛兵か」
と言うアッフェル・フォルトの呟きに、思わずバッセルは頷きたくなった。が、それより早く、
「昨日の事でございます」
とアメール公が言いだした。
バッセルはもちろん、アッフェル・フォルトも怪訝そうな顔をした。王は、何を言いたい、と言うように不愉快そうな顔をして、王弟は首をかしげて耳を傾けた。バセロン・オーンだけは、口の端を噛んだまま、前を見据えた。侵食の危機を起こした犯人は、重罪の心当たりがありすぎて、ちらりと後ろを見た様子からすると、ここから飛び降りて逃げる方法を考えていたのかもしれない。が、アメール公は、
「神を顕現させた者がございます」
と言った。
王は、本当に何事だ、と言うような顔をして驚いた。王弟は話を聞く体制に入ったのだろう。侍従達が素早くいつの間にか用意したカップのソーサーに手を伸ばしていた。アッフェル・フォルトの声が用心深く響いた。
「神とは?」
「昨日の昼間。光の柱を落とし、神を顕現させた者がございます。昨日から調査を続け、公家ながら、ついに犯人にまで行きつきましてございます」
と言ったのだった。
バッセルは、蒼白になっていた。今さらながら、昨日の事を思い出していた。老師にさえ言わなかった。アッフェル・フォルト達とごまかしてしまった、自分がやった、神の顕現の事だった。バセロン・オーンは舌打ちしたいような顔をした。バッセルは、昨日、バセロン・オーンの「神」と言う言葉で、光の柱を顕現させた。アッフェル・フォルト曰く、「光の滝だ」。バセロン・オーンも思い出していたのだろう。バセロン・オーンが一歩前に出ようとしていた。自分のせいで、と言おうとしたのかもしれない。しかし、アメール公は、目を細め、
「なぜ、これほどまで、監察者の館が、あの神の顕現の犯人捜しを滞らせていたのかと疑問に思っておりました。臣下の身ながら、理由が分からず憂いておりましたが、その原因も今日になって判明しました。残念ながら、監察者の館は、身うちを突きだす勇気が無かった。神を欺く力をもって、我らを欺かんとしている者を、身内だからと隠したのです」
そう言いながら、アメール公は、アッフェル・フォルトを見ていた。王は、アメール公とアッフェル・フォルトを交互に見ていた。
バッセルは足が震えていた。父も母も助からない。一族郎党、全ての命が消えた、と思った。自分のせいで、ほんの小さな油断があったばかりに。だから、と思って声を出そうとした。自分のせいであって、親族のせいじゃない。この命さえ差し出せば、今すぐ、ここから飛び降りてでも、と思い動こうとした。が、アメール公はさらに、
「その者が、再度、神を具現化させたのです!」
と言ったのだった。
バッセルは、バルコニーを見て、動きを止めた。再度、と言う意味が分からなかった。振り返ると、アメール公は険しい顔を造ったまま、本心は見えない醒めた目で、
「あの嵐の中、たかだか歌一つで、人々の心が、ここまで静まるとお思いですか? あの押し寄せる絶望を、軽やかな歌一つで救えるはずがない。この歌の恐怖を、歌を管理することで臣民を救おうとしておられる、陛下方の御英断に、我ら臣民は、歓喜の気持ちこそあれ、恐怖も怒りもございません。しかし、この歌の恐怖が、あれほど簡単に歌で拭いされてしまったと思わせる、その欺瞞に、私は怒りを禁じえないのでございます」
と言うと、王が、
「言っている意味が分からん。分かりやすく言え」
と言った。たぶん、全員の代弁だった。と、バッセルは思った。アメール公は唇の端を歪めた。言いにくい事を言わなくては、と言ったためらいを造って見せた。が、目が全てを裏切っていた。冷たい計算しかない目で、まっすぐ、アッフェル・フォルトを見ると、
「歌の前におっしゃった言葉がございますな、銀の監察者殿」
と言った。そしてさらに、
「神でもなんでも、自由自在だ、と言う意味の事をおっしゃっておられましたな」
王は、イライラした声で、
「だからなんだ。自由自在であろうがなかろうが、神など出していない。歌っただけだ」
「ええそうです。歌っただけです。神は造るものじゃない。そこにあるものです。ですから、歌しか目に入らなかったのです」
「だからなんだ!」
と王が膝を叩いて声を出すと、
「朝日です」
王がえっ、と言う顔をした。その王へ、
「あの嵐の中、あのタイミングです。なぜ、唐突に空は晴れたのでしょう? 朝日が昇るタイミングで、全ての心を解き放つ、暖かな日の光を、全ての民に注いで見せた、あの不思議な力です。あれが神でなくしてなんと言えるのでしょう? あの光があったからこそ、全ての民が、神を感じ、安心し、自分の家へと戻ったのではありませんか。明日から、いいえ、今日から、きっと人々は語り継ぎはじめる事でしょう。神が降りたと」
王は黙り込んでしまった。王弟が、
「偶然でしょう」
「偶然に見えるものこそが、神の力ではありませんか」
「なら、本物の神の力では」
と歌姫が遠慮がちにつぶやいた。が、言った瞬間、王弟がいらっとした顔をした。王が固い顔をして、アメール公が丁寧に、歌姫へ会釈をしてみせた。そして言った。
「この通り、もう信じている人間が一人出てしまいました。人が神と見まごう程の力を造り、神を再現させてしまったのですから。これほどの重罪がありましょうか!」
「しかし、我らに、神だと言ったわけではない」
と王が言うと、アメール公が、
「なら陛下、神だと言わなければ、神もどきを造ってもよい、とおっしゃられるのでしょうか? そうご判断しておられる、と言う事でしょうか?」
バッセルは、言いがかりだと思った。あの朝日のすごさと、自分が作った光の柱と、あの二つを並べて、同じだと言う方がおかしい、と言うのが分かった。アメール公は、アッフェル・フォルトを王の傍から引き離したいんだ、と思った。そして、今日のような事があった時に、王が身動きとれないようにしておきたいんだ、とも思った。もし、今日、アッフェル・フォルトがいなければ、陛下の失態になって、王と王弟とが同時に失脚していたかもしれない。全てを邪魔する、アッフェル・フォルトが邪魔なんだ、と。そう思いながら、バッセルは口を開こうとしていた。
「昨日の光は私です。私が作った光です」と、家族の事を考えるのを一瞬忘れて、言おうとしていた。その前に、アッフェル・フォルトの手が伸びて、口をすっと塞がれた。王族や公爵がいる目の前で、子供が口を出すなと言わんばかりの状態で口を塞ぐ。バッセルは身じろぎ一つしなかった。口を閉じた。罪は自分や家族だけにあったのではない、と言う事を思い出したのだった。隠匿は重罪だった。アッフェル・フォルトとシェルフォードが隠してくれたせいで、自分以上の罪になっているはずだった。
その、アッフェル・フォルトは笑っていた。腹を抱えて、こらえられない、と言うように。そして、
「さすがは、アメール公。あれに気づくとは思わなかったよ」
と言った。王は険しい顔で、アッフェル・フォルトを見る。アメール公は、頷いて、
「昨日の光も、ですな? それとも、あれは、あなたではない、とおっしゃる?」
と言うと、アッフェル・フォルトは笑って、
「もちろん私だ」
と言ったのだった。バッセルは足を大きくばたつかせた。アメール公は知ってて言っている、と思った。この罪は、自分が被るべき罪で、それをアッフェル・フォルトが庇うと知っているから言いだしたのだ、と気がついたのだ。言わされていると知っていて、アッフェル・フォルトは答えている。偶然の朝日を自分で作ったかのように言っている! と思った。アメール公は、その上で、
「しかも、歌を歌ったのですね。つまりは、監察者の館の誓約も、効かない体質でおありなようだ」
と言って、笑いも無く、厳しい声で言い放つ。
「捕縛せよ。王国を傾ける、力の狂人を捕らえよ! 陛下の御前からひっ立てよ!」
と言って、アッフェル・フォルトを指差した。衛兵が躊躇する。銀の監察者を捕縛する恐怖がその身を固まらせた。そのすきに、シェルフォードが前に出て、素早くアッフェル・フォルトの前に立ち、ゆったりと、しかし王へ会釈し「御前を失礼」と言いながら、剣の鞘を払った。




