59.朝日を見つめていた
アッフェル・フォルトは、黙って朝日を見つめていた。都中の人々が、まるで、アッフェル・フォルトの動きに呼応しているかのように、朝日が昇るのを見つめていた。ほんの十分程の間だったろうか。都中の人々が、王国中の人々が、同じように、朝日を見つめ、暖かさを共に感じあっていた。
朝日が昇り、空が明るみ、日差しが白い普通の明るさに代わりはじめると、誰ともなく、一人二人と立ち上がり、家へ帰り始めた。混乱はなく、動けなくなるほど疲れている者は、支えられながら、けがをしてしまった者は、腕を取り合いながら、自分の家へと帰って行った。広場から、人が一人、二人と離れ始めると、バッセルはホッとしたようにアッフェル・フォルトを見上げた。
明るい光の中で見るアッフェル・フォルトの顔は、神々しいように見えた。すごい人だ、とバッセルは心の底から思った。
そして、やっと、そこで、背後の話し声が聞こえだした。振り返ると、バセロン・オーンの腕の中で、歌姫がさめざめと泣いていた。先ほどの、絶望とは違った、なじりあいながらも許しを乞うような、そんな言葉が行きかっていた。
部屋の入口の近くで、王が王弟と話しながらこちらを見ていた。正確に言えば、バッセルではなく、アッフェル・フォルトを見ていた。王の望み通り、本当に、アッフェル・フォルトが全てを治めてしまったんだ、とバッセルは思った。そして、俄かに不安になる。シェルフォードの、「人間の力の範囲で」と言う言葉が耳によみがえってくる。しかし、とバッセルは思った。歌は、歌姫と同じ力だ。人間の範囲だ。すごい力だけれど、恐怖するような力じゃない、とバッセルは思った。それどころか、これは素晴らしい力だ、と思うと、両手を握りしめた。アッフェル・フォルトを振り返る。すると、アッフェル・フォルトは、すがすがしいような顔で笑っていた。まるで晴々しいとさえ言えそうな笑顔だった。これが、我らの銀の監察者なのだ、と思うとバッセルは誇らしく思った。そして、とても幸せに思ったのだった。
「やはり、枷が効かないのか」
と言う声が聞こえて来た。振り返ると、難しい顔の王がいた。王弟が、
「歌、と言う言葉が誓約に入っていなかっただけでは」
と言うと、王が首を左右に振る。バッセルは、不安になった。不安になるほど、二人は深刻そうな顔をしていた。シェルフォードを探すと、入口に立っていたのだが、青ざめた顔をしていた。
「枷って」
とバッセルが呟くと、アッフェル・フォルトが、すがすがしいとも言える声で、
「監察者に掛ける誓約の事だ。老師が掛ける、誓約だ」
と言った。バッセルが振り仰ぐと、にやっと笑っていた。
バッセルは、徐々に、意味が分かって来た。絶対に破られることのない監察者の誓約は、イメージで世界が壊せるこの国では、なくてはならない物だった。バセロン・オーンは、この誓約のせいで、この国に居る間、物語が書けなくなった。だから、子供のころから大量に物語を造っていなければ、今回の事件は実行できないはずだった。物語の数が尽きれば、被害はなくなる。今、この瞬間、こっそり、逃げ出す為の物語を書きなぐる事はできない。そう知っているから、みんなは安心して、バセロン・オーンを紐で縛らずにおけるのだ。誓約は、その為の誓約だった。そして、バッセルも誓約を立てている。忘れないようにする誓約だ。お陰でバッセルは、忘れていないという自信が持てる。誓約は絶対で、破られることが無い物で、だからこそ、犯罪者でも、誓約すれば、自由の身になって、世間に戻って暮らしていける。前提は破られない事。だからこそ、どんな犯罪者でも許されるのだ。
と思ったところで、バッセルは、アッフェル・フォルトを見上げた。歌は犯罪だった。誓約で歌を禁じていた、と王は言った。なのにアッフェル・フォルトは、歌っていた。アッフェル・フォルトには誓約は効かないということになる。誓約が効かない犯罪者は、危険である。再犯を防げなくなる。犯罪者が生きていけるのは誓約があるからだった。幽閉されても、誓約で固められるから生かされる。能力を使って逃げ出すことができないからだ。なのに、誓約が効かなかったら、どうなるのだろう。と思ったところで、シェルフォードと同じように血の気が引いた。でも、とバッセルは、必死になって考え続ける。王は、歌姫に歌の許可をだしている。それなら、アッフェル・フォルトにだって許可を出して下さるはずだ。そして、枷を外して民を救え、とおっしゃったのは陛下だった。だから、問題ないはずで、とバッセルが思うと、アッフェル・フォルトが、王に向かって会釈して、
「仰せのままに、監察者としての仕事を、全能力を使って、務めさせていただきました」
と言って微笑んだ。ほら、とバッセルは思った。だから良いんだ、と思ったのだが、シェルフォードは難しい顔のままだった。王は厳しい顔をしているのだが、何も言えない、と言うような顔をした。王弟は腕を組んで、青年のような立ち居振る舞いになっているのもかまわず、アッフェル・フォルトを見上げていた。アッフェル・フォルトは、バッセルの頭をぐしゃっとかき混ぜ、
「心配するな。陛下の命だ」
と静かに言った。バッセルが頼んだせいではないんだ、と言っているようも聞こえた。バッセルは、今さらながら、自分が頼んだせいで、アッフェル・フォルトは歌いだしたのだ、と気がついた。アッフェル・フォルトが、
「で、アメール公、その衛兵は、何のためかな?」
と言う。
バッセルがぱっと振り返って廊下を見ると、そこに、アメール公爵が立っていた。




