62.王弟がため息をついた
王は怒りにたぎった顔をしていた。王弟がため息をついた。バセロン・オーンは固い顔をしている。バッセルは、ぼんやりと、先日アッフェル・フォルトに見せてもらった、バセロン・オーンがルフェンから戻る時に使った、中空の、異国と結ぶ断崖にある巨大な門を思い出していた。誰も王の許可無き者は通れない不滅の門。
アッフェル・フォルトが笑っていた。滑稽でがまんできない、と言うような笑い方だった。衛兵がいらだったようで、柄をアッフェル・フォルトに向けるのだが、今度は、アッフェル・フォルトは軽く押し返すようにして柄をどけた。衛兵はそれ以上の事はしなかった。先ほどの恐怖の為か、それとも、捕縛から、交渉に代わったからかは分からなかったのだが、衛兵達は、ただ、アメール公を守ろうと腰を落とし深く構えなおしただけだった。
耳障りなほど笑ったアッフェル・フォルトは、笑い終わると額に手をあて、視線を歌姫の方へ向けた。バッセルは、なんだろう、と思って見ていると、アッフェル・フォルトは銀の小箱を見つめていた。そして、
「それで、銀の小箱を使っての求婚ですか。そこまで恐怖を感じていた、と言うことですか」
と言うと、王が答えた。
「あの門を自由自在に通れるようになれば、いずれ、ルフェンからの侵略がはじまる」
苦い声だった。
「求婚したって変わらないと思いますが」
「おまえが后になれば、妖精王は、この国を守らざる得ない」
「本当は、妖精王ではなく、私に護らせたい、と言っているのではないのでしょうか?」
「おまえの、いいや、あなたの国です。どの立場にいても護るだろう」
求婚の話しは、もう、恋の話しではなくなっていた。バッセルは、これを聞きながら、徐々に理解していった。他国の、特に異界とも言えるルフェン国との境は、妖精王の力で護られていて、王の許可が無い限り通れない、となっている。それが護りの要だった。なのに、許可なく通る事ができるようになっている。王が続けた。
「バセロン・オーンのように、この事実を知って、行き来する者が出始めている。公家の者達の不安もまんざら大げさな物ではない。巨大な門と、出入国管理官が護っているが、策を弄せば、通り抜ける事ができる門に代わっている。防ぐには、さらなる防御がいる」
王弟殿下が口を挟む。
「防御ができないのは真正な王ではないから、だから出入国が緩んでいる、と言う公家の弾劾を止めることもできる」
厭味ではないようだった。公家への不快感を含ませていた。王弟は続ける。
「私が王になったって、誰が王になったって、緩んだ魔法はもどらない。戻らないなら、王位争いで国を二分するような愚かな事をするよりも、ルフェンを知って、対策を立てるべきだ」
一気に国政の話題へ代わる。そして、王弟は、顔をこわばらせているバセロン・オーンへ視線を向けながら、
「一介の民が、ルフェンにいる、と言うだけで、この事実を掴んでしまえるほど、ルフェンの情報統制は甘い。金を積めば何でも手に入ると言うが、誰が金を積みだすか分からないのがルフェンだ。ルフェン国との提携ができたとしても、我が国を守るには、さらなる力が必要だ」
王弟の言葉を王が受けて、
「本物の門の鍵か、他国に対する威力となる力か」
と言うと、王弟がさらに、
「壊せないほど発展した交流か」
と付け加える。王は苦笑いをした。最後の案は、門を解き放ってしまえ、と言っているのと同じだったからだ。
アメール公が再び言った。
「アッフェル・フォルト。もし、おまえが、妖精王の娘であるというならば、門を閉じよ。それを持って、国は、全幅の信頼をおまえへ向けるだろう」
今は、まったく、全然信頼していないかのような言い方だった。が、アッフェル・フォルトは首を左右に振る。それだけだった。アメール公が低く、
「向こうの、ルフェンの軍備を、ほとんどの者が知らずにいる。あの国の、侵略に継ぐ侵略の歴史がある、あの国の軍備を。そして、あの国はさらに、現在も侵略し続けていると言うのに、その国の軍備を誰も知らないのだ。備えず、安穏としていられるのは、王が民を護っているからだ。王家が妖精王との約束を守っているからだ!」
「妖精の森は不可侵」
とアッフェル・フォルトが呟いた。アメール公はそれに対して怒鳴るような大声を上げた。
「その森に、おまえの母親が住み、妖精王の下へ嫁いだ! そして、約条の鍵が破られ、門を人々が行き来し始めたのだ。今、この国を護れなくなっているのは、約条を破ったおまえの母のせいである! おまえの母親が禁忌の森に住んだせいだ。その娘が責任を負わずに誰が負うのだ!」
バッセルは、親の責任は親にしかない、と言いたくなった。が、アッフェル・フォルトは、
「森に追いやったのは、国のせいだと思うんだ」
と呟くのを聞いて黙り込んだ。事情には色々、深い意味があるのだろう、とバッセルが考えていると、アッフェル・フォルトがアメール公に冷たい目を向け、乾いた声で言ったのだった。
「わが父よ、ここへ来て、我を助けたまえ」
と言った後、乾いた声で笑った。
「で、どうなる? 私は父親が誰か知らない。この力がどこから来ているかも知らない。それは、ここにいる全ての者が知っている事だ。母親が森に消えた事は知っている。私がそちらへ飛ばした、と言う事を私は知っている。今頃のたれ死んでいるだけかもしれないが、それは、妖精王へ嫁いだからだと言われているのも知っている。しかし、妖精王が迎えに来たのを見た者はいない。妖精王が実在していると知っている者もいない。信じている者がいるだけで、何も無い。それが現実であり、それが、アメール公、この国のカードだ」
アメール公は怒気をすっかり消し去っていた。アッフェル・フォルトはそのアメール公に、
「私の力が脅しになるなら、使えば良い。監察者だ。その能力の高さは折り紙つきだ。その為に監察者になっているような物だ。この国には、銀の監察者がいる。その意味を、ルフェンの津々浦々まで伝えていけばいい。それこそ、バセロン・オーンに物語でも書かせて、津々浦々まで語りつがせたらどうだ? しかし、妖精王を出せなど。無い物を出せとは、駄々をこねているのと変わらん」
そう言うと、アメール公の顔が無表情になった。目の色が冷たい銀色に変わる。が、バッセルには、心の中を隠しているような顔に見えた。アッフェル・フォルトはさらに、
「何をしたい? 私を捕らえて、息子から引き離したいのか? シェルフォードがそれほど大事か? どんな力を持っているのか分からない化け物から引き離したい程、大事な息子か? 大事なら、大事だと分かるようにしないと、シェルフォードには伝わらないぞ」
と言った。笑っていない。真剣な顔だった。シェルフォードは驚いているようだった。バッセルは、本当の事を知ろうと、アメール公の表情を必死になって見つめた。表情は動かなかった。動かない事が不自然だった。アメール公はゆっくりと言った。
「何を見た」
アッフェル・フォルトは肩をすくめた。




