11.人らしくなってきたのう
アルヘルストの表情は変わらない。その無表情の顔のまま、淡々と続ける。
「結果を明日の夕方にでも、お送りください。陽が落ちて二つ目の鐘の時に、聴き耳の者の部屋へまいります。聴き耳の者へ、私へ映像を見せるように指示してくだされば、わざわざ王宮へお越しいただく必要はございません」
「つまり、王宮の監察者が見ても分からないような、できた、できない、と言う答えだけで十分と言う事ですな。承知いたしました」
と言って頷いた。
王宮や王都を護る城の要所には、聴き耳の者と呼ばれる者がいて、監察者達と同じような力で王家に仕えていた。監察者達が国中にちらばって互いにイメージで内容を伝えあうように、地方から王家へ情報を送っていた。
映像を受け取る者を聞き耳の者と呼び、映像を送る者を伝送者と呼んだ。映像を扱うので監察者の館の管理になり老師が指示を出し、王家へ出仕させている、ということになっているのだが、実際は王家おかかえの能力者達だった。
融通の利かない、イメージ送信者として有名で、アッフェル・フォルトなら彼らに情報を送ると聞いただけで嫌そうな顔をする。以前、ユーモアで送った了解と言うイメージを、つまり、小僧の遣いのように下らない調査に、小僧の会釈のイメージで答えたら、四角四面に、王家印の押された苦情書が送られてきて、以来毛嫌いしている。
そう言う噂を、バッセルはまことしやかに聞いた事があった。ともあれ、監察者とそりが良いものではなかった。しかし、連絡手段としてはとても便利で、馬車はおろか、籠に揺られて動くのも腰が痛い老師にとっては嬉しいことだった。お陰で、機嫌良く、
「バハス殿でしたな。今の、聴き耳の者の長は。確かに結果をお送りしましょう」
と言ったのだった。
そして、アルヘルストは立ちあがり、老師へ、再び丁寧に礼をした。他の者へは尊大に映る会釈だけを残して、夜が更ける前に監察者の館を後にしたのだった。部屋では、アッフェル・フォルトが疲れたように椅子にもたれて伸びをした。そして、
「銀の小箱を忘れている」
とテーブルの端の銀の小箱を見てうんざりした顔で言った。すると、シェルフォードが、
「陛下の御意向だ。側近ごときの意向で、持って戻るわけにはいかない」
当然だ、と言うように頷いていた。
バッセルは、欠伸を噛み殺しながら、明日は何時起きだろう、と思いながら彼らを見た。そんな涙目を見られてしまう。アッフェル・フォルトが、
「確かに眠い。今日はあわただしくて、大仕事をしたような気がするし。明日できることは明日にするさ。バッセル、軽食を用意してくれ。いつもの食堂でじゃなく部屋でだぞ?! あんな寒々しいところで、こんな温かい会合の後の食事なんかできるか!」
と言うと、寒々しい会合を、温かいと皮肉りたくなるくらい、あまり面白くない会合だったらしい、とバッセルはすぐに悟る。そして、ぱっと立ち上がると、
「それでは、食堂になにがあるか聴いてみます。シェルフォード様は?」
「同じでいい」
と言うと、バッセルは、
「それでは、アッフェル・フォルト様のお部屋へお持ちします」
と言って、老師へ深々と頭を下げた。さらに、老師付きの監察者へ同じくらい頭を深々と下げた後、飛び出すようにして部屋を出て行ったのだった。
彼らは、そんなバッセルを見送った。老師は、
「あの子供を随分気に入ったようだな」
とアッフェル・フォルトに言った。バッセルが消えた後、テーブルの茶器を見ながら、アッフェル・フォルトは、
「昔。森にいた、バチェスロビンに似ているんだ」
と言った。バチェスロビンとは、森に住むと言われる妖精の一種で、アッフェル・フォルトが本当に見たことがあるのかどうか分からないのだが、もっともらしい顔で、
「いちいち反応が正直で、からかいがいがある」
と言った。それから、
「正直過ぎて、怖いくらいだ」
と真面目な顔で付け足した。
シェルフォードは何も言わず、立ち上がって、老師へ丁寧に暇の挨拶をした。老師付きの監察者が、慌てて近寄って引き戸を横に開く。暗い竹林の中に月明かりが落ちて、幻想的な世界が広がっていた。
シェルフォードは、礼を言って外へ出る。その頃やっと、テーブルの脇で立ちあがったアッフェル・フォルトが、老師に向かって低く、
「あの子は、機会があったら私から外して下さい。能力がある。ありすぎるくらいにある」
「怖いのか? おまえがかい?」
「怖い? そうですね。あの子をつぶしてしまうかもしれない、と思う気持は、恐怖かもしれない。大事に育ててほしい」
と言った。最後は掻き消えてしまいそうな声だった。老師は、不思議な物を見るような顔をした。しかし、何も言わなかった。アッフェル・フォルトは、あきらめたようにため息をついて、老師に軽く手を振るだけの挨拶をした。そして、引き戸の脇で辛抱強く待っていた老師付きの監察者に、
「いっつもどうも。ウウローヤ」
と気軽に言うと、懐に手を突っ込んで、スキップするようにシェルフォードを追って行った。
老師は、月明かりに垣根の向こうに消えて行く長身の二人を見て、ウウローヤに言うともなく言った。
「人らしくなってきたのう」
「どちらがですか? アッフェル・フォルト様ですか? それとも、人嫌いで、かつては面のように表情がなかったシェルフォード様の事ですか?」
「どっちもじゃよ。これで、バッセルが入れば」
「もっと人間らしくなる、とおっしゃいますか?」
「いいや。本物の人間になるんじゃないか、と思うのじゃが」
「もう、十分本物の人間になっておられますよ。あのアッフェル・フォルト様が小さな子供を気遣うほどになっていますし、シェルフォード様はアッフェル・フォルト様を気遣っているのが見ているだけで分かります」
「だと良いのだがのぉ」
と言ってため息をついた。老師付きの監察者のウウローヤは、いつものように、老師に返事のような返事じゃないような会釈を返すだけで会話を終えた。そして、ゆっくりと部屋の引き戸を閉じた。老師の身体に障らぬように、夜気をそっと締め出したのだった。
老師の家から竹林を抜けると石畳の回廊に出た。平屋の建物群へ続く廊下は、すっかり人気が無かった。アッフェル・フォルトが、足元の石灯をぼんやりした目で見ていたのだが、ふいに、夕方入ってきた門の方を振り返る。遠目に松明の明かりが揺れていた。出払っているのか、戻ってきた後なのか、人気が無くいつも通り、門番がいるだけだった。
「小説じゃなかったな」
とアッフェル・フォルトが呟いた。密輸品の事だった。
「歌姫じゃ、歌いだすまで取り締まれまい」
とシェルフォードが言い返す。アッフェル・フォルトは懐手のまま門を見ていたのだが、思い出したかのように門へ向かった。門の外に、松明の陰に立ちつくす門番がいた。オレンジ色の肩掛けの一人だが、当番の鎮静者だろう。アッフェル・フォルトが門に近づくとすぐ気がついて、機敏に振り返る。背を伸ばし緊張しているのが一目で分かる。
「おでかけでしょうか?」
と堅い声で問いかけた。
今から出るには、外出の届け出がいる。ばかばかしい話だが、誰が、入り、誰が出たのか、しっかりと記録が取られ、その出入りには誰の許可があったのかと言う証明がいる。ちらちらと、門小屋を見るのだが、担当者は出払っているのか寝静まっているのか出てこない。
門小屋に記録をせずに出入りできるのは老師くらいで、銀の帯のアッフェル・フォルトとて例外ではない。いつもは、バッセルが手続きをしている為、アッフェル・フォルトが煩わされることはないのだが。構えた男に、アッフェル・フォルトはにこりと笑って、
「いやいや。出かけないって。ただ、街の掃除はどうなったかって思っただけだよ」
と言った。夕方すれ違った、検証者達がどうなったのか、聞いていた。男はほっとした顔をした。このアッフェル・フォルトが許可なしで出かけると言って、押しとどめられる自信は無かった。
そして、このアッフェル・フォルトが許可を取る人間だとは思えないほど、アッフェル・フォルトの事は有名で、このまま、出ていかれ自分の失点として上司に報告するか、最高位の銀の帯の不興を買ってまで規則を優先させるか、一瞬にして、自分の去就を迫られた気分になったらしい。それで、出かけないと聴いて、あからさまにほっとしたのだ。お蔭で、元気になって、
「妖精の検証は終わったようです。まだ、目にイメージがちらつく者もいるようですが、その後の光の残像の方が強すぎて。消えていると言った方がいいようです」
「妖精の方だけ? 光の方はまだなのか?」
とアッフェル・フォルトが不審そうに聞く。すると、男は慌てたように、
「いえ、もちろん、光もほとんど終わっていますが、動きと記憶に影響を与えていますし、濃度は五ですし」
「収まっただろう?」
「だから汚染も五止まりになったのだと聞いています。それに、広範囲であったようで。都の外へ行かれた方もいるので」
「広範囲? そこまで広がったのか? 街壁の中だけじゃなかったのか?」
とアッフェル・フォルトが矢継ぎ早に聞き、男は慌てて早口になる。
「もちろん、汚染は街壁の中だけです。ただ、あの騒動のさなか、街壁の門を抜けた者がいたようで。その者にもイメージの影響が出ているかもしれないので、遠出されているとの事です」
「ああ、そうか。門を抜けたか」
そう言って、アッフェル・フォルトは呟いた。どこか遠くを見ているような顔をした。しかし、すぐに、にこりと笑って門番に、
「どうなったか分かったら、後で教えてくれないか?」
と気軽に言った。門番は、顔をちょっと赤らめて、と言うのは、アッフェル・フォルトの笑いが穏やかだったので、この人は女性だ、と思いだしたらしい。地位と、雰囲気と、背の高さとで、ほぼ男にしか見えないのだが。気づくと、頬の柔らかさに目がいって、異性を意識したらしい。赤くなったまま、
「はっ。間違いなく、ご報告へまいります!」
と固い声を出して言っていた。すると、アッフェル・フォルトは破顔した。
「報告じゃないよ、上司じゃないし。でも、そうだ。門を閉める前に、どうだったか教えてくれると嬉しいな」
と言ってから、いたずらっぽい微笑を口元に乗せて、
「レフォル君、お願いだ」
と言い足した。男は、伸びていた背をさらに伸ばして顎を引いた。そして、
「はっ」
と言ったまま固まった。名前を知っててくれたんだ、と言う感激で。そして、名前を覚えてくれるほど興味を持ってもらっていたんだ、と言う感動で、声も出なかった。自分に気があるのかもしれないと言う妄想は、もうちょっと後になってから湧いてくる。
アッフェル・フォルトは様子を眺めながら、半歩下がって、懐から手を出すと、
「じゃ! よろしく」
と手を振って、棒のように突っ立っている男をほおっておいて、ふいっと背を向け、門の中に戻って行った。回廊で待っていた、シェルフォードは、
「仕事を放り出して、報告に来そうだな」
と感想を言った。アッフェル・フォルトは笑って、
「それはないだろう。いくらなんでも。オレンジだよ、奴は。自分の組織を優先するさ」
と言いながら、再び懐手になって回廊を歩き出す。二人は、今度こそ奥へ、彼らの建物へ向かったのだった。




