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(02-2)啓蟄

「もうすぐ卒業式だね」


 下校途中、楓が何気なく言った。


「泣いちゃう?」


 美智がすぐにからかう。


「泣かないでしょ、私は」


 明里は即答する。


「だって、まだ二月だもん」


 二人が一瞬きょとんとする。


「あー、旧暦的には、ね」


 楓が苦笑いする。


「でも学校はもう卒業だよ? 中高一貫なのにちゃんと卒業式あるし」


 美智が言う。

 そう。中学が終わるという区切りは確かにそこにある。でも明里の感覚ではまだ一年が始まったばかりだった。


「なんかさ」


 楓が空を見上げながら言う。


「中学四年生って感じしない?」


「わかる」


 美智がうなずく。


「終わるけど終わらないみたいな」


 春からは高校。外部から新しい生徒も入ってくる。クラスも変わるかもしれない。楽しみという気持ちと言葉にできない不安が少しずつ混ざる。

 明里は歩きながら胸の奥に小さな引っかかりを感じていた。まだ何も起きていない。でも、確実に何かが動き始めている。



 今日の午後は体育館で卒業式の練習。体育館へ向かう長い廊下をクラスごとにぞろぞろ移動する。ワックスの匂いと外から流れ込む冷たい空気が混じって、いかにも「式の練習」らしい雰囲気だった。


「なんかさ、卒業式の練習って多くない?」


 前の方を歩いていたクラスメイトが振り返って言う。


「わかる。起立、礼、着席、また起立、って……」

「同じ動作の無限ループ」

「大事なのはわかるけどさぁ」


 そんな声があちこちから聞こえてくる。

 楓が小さく肩をすくめた。


「まぁ、言ってることはもっともだよね」


 美智も同意するように頷く。


「それより寒くない? 体育館エアコン入ってる? ってレベルなんだけど」


「長時間いるの地味につらいよね……」


 体育館に入ると底冷えするような冷たさが足元から伝わってきた。みんなコートを脱いではいるものの、気持ちはまだまだ冬のまま。


「そういえばさ」


 楓が思い出したように言う。


「啓蟄ってもう過ぎたよね? ニュースでやってた気がする。虫たちが動き出すって」


「えー、こんな寒いのに?」


 美智が目を丸くする。


「ほんとに動き出してるの? 無理じゃない?」


 明里は前を向いたまま少しだけにこやかに言った。


「旧暦だとまだけっこう先」


「え? でもテレビで……」


 明里は続ける。


「うん。もちろんテレビで言ってる通りなんだけど、旧暦の日付で考えた方が感覚的にしっくりくるの。正確には違うんだけど……旧暦の三月五日はまだまだ先」


「……旧暦の日付で考える……か」


 美智は何となく納得できたような気がした。


「だからたぶんね、虫たちも美智と同じ。まだ寒いって思ってる。今は動き出す準備をしてるだけ。土の中で、そろそろかなって」


「準備期間かぁ」


 楓がくすっと笑う。


「じゃあ私たちも卒業の準備中ってこと?」


「そうかもね」


 明里はそう言って体育館の広い天井を見上げた。

 まだ寒い。でも確実に次の季節へ向かっている。虫たちも人も同じように。


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