(01-3)豆まき
翌日の朝。
少し冷たい空気の校舎で明里はいつもの二人と並んで歩いていた。
「昨日は元旦だったからね」
明里がちょっと照れたように言う。
「あらためて、あけましておめでとう」
「お、おめでとう」
一拍置いて楓が笑いながら返す。
美智も続けて、
「おめでとうございます、明里暦」
「なんかさ」
楓が首をかしげる。
「明里とは毎年二回『おめでとう』言ってるよね」
「それな」
美智がうなずく。
「新暦と旧暦、両方対応」
明里はちょっと誇らしげに、でも真面目な顔で言った。
「だってさ、昨日が本当の始まりなんだもん。闇から少しずつ光が増えて……そして元旦。今日からまた少しずつ光が増えていくんだよ」
「光が増えるのはいいよねー」
楓が空を見上げる。
「寒いけど気持ちは前向きになる」
「明るい未来、希望」
美智が両手を合わせて言う。
「受験もないし」
「あー、それ」
楓が笑う。
「うちら中高一貫でほんと助かってるよね。今ごろ同い年の子たちめっちゃ大変でしょ」
「落ちる心配しなくていいのは、だいぶ未来明るいと思う」
美智がさらっと言う。
明里はくすっと笑った。
「それも光が増えてるってことかな」
三人でそんなことを話しながら教室へ向かう。
新しい一年は、もう静かに動き始めていた。
昼休みの教室はいつもより少しざわついていた。
お弁当を広げた机の間を声が行き交っている。
「ねえ知ってる? 今週末、杉ケ崎神社で豆まきあるんだって」
「そういえば今年タレント来るらしいよね」
「相川ヒロシでしょ?」
「マジで? あの人岐阜に来るとかレアじゃん!」
「行こ行こ。絶対人多いよね!」
楽しそうな声が明里の耳にも自然と入ってくる。箸を動かしながら、ふっと心の中で小さく首をかしげた。
――豆まき、か。
昨日やっと睦月が始まったばかりなのに。旧暦の感覚ではまだ「年の入口」に足を踏み入れたところだ。節分はまだずっと先。三月に入ってからの話。
(なんだかなぁ……)
そう思っていると、近くにいたクラスメイトの一人が明里に気づいた。
「椎木も行かない?」
「豆まきだよ。相川ヒロシ来るんだって」
急に話を振られて、明里は少し驚きつつにこっと笑う。
「うーん、私はちょっと週末用事があって」
「あ、そうなんだ? 神社のお手伝い、かな」
あえて詳しくは言わない。声も表情もいつも通り穏やかに。
「そっかー」
「残念。でも用事あるなら仕方ないね」
「ヒロシが岐阜に来るなんてめったにないのにー」
そんなことを言いながらも特に深追いはせず「じゃあまたねー」と、軽く手を振って会話の輪に戻っていく。明里はその背中を見送りながら静かに息をついた。嫌な感じはしなかった。誘ってくれたのも本心だし、断ったことを責められたわけでもない。
ただ――
(やっぱり、時間の流れが違うんだよね)
みんなが「もう節分だ」と言っているこの世界で、自分だけが「まだ一月が始まったばかり」と思っている。
そのズレを少しだけ胸の奥に感じながら、明里はまたお弁当箱に視線を戻した。




