(04-2)月観測
初めて月を観測したのは夕暮れの屋上だった。まだ空に青みが残る時間帯、天体望遠鏡の先に月が入った。
「見えた……!」
最初に声を上げたのは美智だった。続いて楓、夕子も代わる代わる覗き込み「わあ」「すごい」と小さく歓声を上げる。
少し夕日を浴びた上弦の月。望遠鏡の中では輪郭がくっきりしていて、思っていた以上に近い。クレーターの影が細かな凹凸を作り、ただの“白い月”ではないことが一目でわかる。
――きれい。
思わず息をのむほどだった。
けれど同時に、明里の胸の奥に言葉にならない引っかかりが残った。
(……あれ?)
上弦なのに望遠鏡の中の月は当然のようにまんまるだった。それ自体はおかしくない。影になっている部分がちゃんと見えているだけ。でも、何かが違う。
みんながわいわい盛り上がる中、明里だけが望遠鏡から目を離さず首をかしげていた。
「椎木さん、どうしたの?」
そばに立っていた新城先生が気づいて声をかける。
「いえ……すごく大きく見えて、感動はしてるんですけど……」
言いながら明里は言葉を探した。
「どこか違和感があって」
先生は一瞬考えてから、ああ、と小さく笑った。
「それはね、たぶん上下が逆さまだからよ」
「え?」
四人の声が重なる。
「逆さま?」
「月が?」
「そう。天体望遠鏡はね、レンズを通して光を集めるでしょう?」
先生は望遠鏡を軽く指で示しながら続ける。
「光はレンズを通るときに屈折するの。ちょうど交差するみたいにね。その結果、像が上下左右反転するのよ」
「じゃあ……今見てる月は……」
楓が恐る恐る聞く。
「上下左右逆。だから普段見慣れている月と微妙に印象が違うの」
先生は少し楽しそうだった。
「そもそも宇宙には上も下もないでしょ? だから、宇宙空間では星が逆さまに見えても観測上は問題ないの。それと、正立に見せる装置もあるけどこの望遠鏡には付いていないから」
なるほど、と思う顔。でも、完全に理解できたかどうかは怪しい。
「つまり……ひっくり返ってるってことだよね?」
美智がまとめると、先生は笑ってうなずいた。
その間、明里は胸のつかえがすっと取れていくのを感じていた。
だからか――
「それにしてもね」
先生が明里を見る。
「月を見ただけで逆だって気づくなんてすごいわよ。毎日ちゃんと月を見てないとなかなか分からないもの」
「い、いえ……」
明里は少し照れて視線をそらした。
これが天文部の最初の月観測だった。




