(03-2)きそみ
放課後。
教室の空気が一気にほどける時間。
誰よりも早く夕子の席に向かったのは美智だった。少しだけ背伸びするようにして自然な声で言う。
「小椋さん、一緒に帰ろ」
夕子は一瞬きょとんとした顔をして、それから小さくうなずいた。その様子を見て明里と楓も立ち上がる。
四人で校舎を出て春のまだ少し冷たい風の中を歩く。
今日の授業の話。
先生の話。
初めて男子と同じ教室だったこと。
「なんか変な感じだよね」
「でもすぐ慣れるよ、たぶん」
そんな取りとめのない会話が続く。
しばらくして、少し間が空いたところで美智がふっと歩く速度をゆるめた。
「ねえ、小椋さん」
夕子が顔を上げる。
「“ゆうこりん”って言われるの、イヤじゃない?」
夕子はすぐには答えなかった。考えるというより言葉を探しているようだった。
「……イヤじゃない、けど……」
ぽつり、ぽつりと。
「どこに行っても、そう呼ばれるから……。なんていうか……私じゃない、みたいな気持ちになる。いつまでも、慣れない」
その声は小さかったけれどはっきりと届いた。
すると美智が少し照れたように笑った。
「私ね……」
そう前置きしてから美智は話し始める。
「小学校のときにここに引っ越してきたの。最初の自己紹介で“木曽美智です”って言ったら……男子から“きそみ”って呼ばれるようになったの」
明里と楓は思わず顔を見合わせる。
「その頃、私は見てなかったけど“のだめ”の漫画かアニメが流行ってて。それで、私も同じように略されて“きそみ”って。悪気はなかったんだと思うけど……すごくイヤで」
美智は少しだけ足元を見た。
「ある日、トイレで一人で泣いてたの。いじめとかじゃないんだけど“きそみ”って言われるのがどうしても耐えられなくて」
それから顔を上げてにこっと笑う。
「そしたら明里と楓が来てさ。美智ちゃん大丈夫?って。あれ、ほんとに嬉しかった」
明里と楓の中で記憶が静かにつながる。
そうだった。
あの日から三人で一緒にいるようになった。
「だからね」
美智は夕子の方を見る。
「小椋さんもイヤなんじゃないかなって思ったの」
少しの沈黙。
夕子は立ち止まり、そしてゆっくり笑った。
何とも言えない、でもとてもやわらかい笑顔だった。
「……ありがとう」
その一言が春の空気に溶ける。
四人はまた歩き出す。夕暮れの道は少しだけ明るく見えた。




