(03-1)自己紹介
新暦では四月。けれど、明里の中では弥生が始まったばかり。
桜はもう満開を少し過ぎていて、通学路には花びらが落ちている。世間では「新年度」「新学期」と言われるこの時期も、明里にとってはようやく三月が動き出した感覚だった。
今日から高校生活が始まる。
明里の通う中高一貫校はもともと女子校だった。ちょうど明里が中学へ入学する年に中学・高校ともに男女共学へと変わった。けれど、実際のところ女子の人数が圧倒的に多い。中学三年間、明里は一度も男子と同じクラスにはならなかった。
だから、教室に入った瞬間少しだけ空気が違うと感じた。
楓も美智も同じクラスだ。見慣れた顔にほっとしながら、ふと後ろの席に視線を向けるとそこに男子がいた。全部で五人。数としては少ないのにその存在感は意外と大きかった。
初めて男子と同じ教室。
それだけで胸の奥がわずかにざわつく。特別な出来事があったわけでもないのに「新生活が始まったんだ」という実感が、静かに広がっていった。
担任の新城先生が教室に入ってくる。やさしそうな雰囲気の女の先生で、少し緊張していた教室の空気がほんのわずか和らいだ。
「じゃあ最初の時間はホームルームね。まずは自己紹介からいきましょう」
一人ひとり簡単でいいですよ、と前置きして前の席から順番に自己紹介が始まる。名前と出身中学、よろしくお願いします、だいたいそんな内容だ。
明里の番が来た。
「椎木明里です。家は和菓子屋で父の作るあんこは評判なのでよかったらみんな買いに来てください」
教室のあちこちからくすっと小さな笑い声。ほとんどは中学からの顔見知りで今さらという気持ちも正直あったけれど、外部から入ってきた生徒もいる。ちゃんと自己紹介をしたつもりだった。
自己紹介は淡々と進んでいく。
そして、ひとりの女の子に順番が回った。おとなしそうな印象の子。声も少し小さめで視線を下に落としたまま口を開く。
「……小椋夕子です」
それだけ言ってほんの一瞬間が空いた。次に何か言おうとしたそのタイミングで、
「ゆうこりんだ!」
教室の後ろのほうから男子の声が飛んだ。
一瞬の静寂のあと、思いのほかそれがウケた。
「確かに」「あー」と笑いが広がり教室がざわつく。
「はいはい静かにー」
新城先生がやさしいけれどきっぱりした声で制する。空気は収まり、結局夕子は名前を言っただけで次の生徒に順番が回っていった。
ホームルームが終わると自然と人が動き出す。夕子の机の周りには、さっきの男子と女子が数人集まっていた。
「ねえ、ゆうこりん、どこの中学出身?」
「ゆうこりんって、あのゆうこりんとは似てないよね」
「でもさ、いきなり名前覚えてもらえてよかったじゃん」
矢継ぎ早に飛ぶ言葉。夕子は「そうだね」「うん」と短く答えながらにこにこしている。でも、その笑顔はどこか硬くて目元まで届いていないように見えた。
少し離れた席からその様子を見つめる明里。
隣では楓が小さく肩をすくめる。
美智はなんだか身につまされるような顔をしている。
夕子は囲まれながらもきちんと受け答えをしていた。けれど、その作られた笑顔の奥に戸惑いが滲んでいるのを明里はなんとなく感じ取っていた。




