(02-5)卒業式
いよいよ卒業式当日。
空はよく晴れていて、少し冷たい空気の中にも春の気配が混じっていた。
明里は制服の襟を整えながら「行ってきます」といつもより少しだけ小さな声で言った。
そして、店番は父に任せ母と祖母が並んで家を出る。
体育館はすでに卒業式の準備が整っていた。整然と並べられた椅子、壇上の花、正面に掲げられた校旗。下級生たちと先生、保護者が静かに席に着き卒業生の入場を待っている。
ついさっきまで廊下ではざわざわと話し声がしていた。なのに、入場の合図と同時に全員がすっと背筋を伸ばし静かに歩き出す。その急な切り替えが少し不思議で、少し大人びて感じられた。
開式の言葉。
続いて、一人ひとり名前を呼ばれ卒業証書が手渡されていく。
小学校のときにも経験したはずなのに今日はまるで違う。体育館全体がひとつの厳かな空間になっているようだった。ただ証書を受け取るだけなのに心臓が少し早く打つ。
自分の名前が呼ばれる。前に進む足がほんのわずか重く感じられた。
校長先生の式辞。
「これから先も自分の可能性を信じて挑戦し続けてください」
「それぞれの道で自分らしい花を咲かせてください」
「皆さんの成長をこれからも心より応援しています」
よく聞く言葉のはずなのに今日は不思議と胸に残った。静まり返った体育館にはいつの間にか涙をこらえる気配が広がっていた。
(私はたぶん泣かないな)
明里はそう思っていた。
閉式の言葉。
そして、
卒業ソング「旅立ちの日に」
歌い始めからしばらくして――理由はわからない。けれど、声を出そうとした途端に胸の奥に溜まっていたものが一気にあふれ出した。
涙が止まらない。
一度こぼれたらもうどうしようもなかった。横を見ると、楓も、美智も、同じように泣いている。中学三年間の出来事が順番もなく頭の中を駆け巡る。
楽しかったこと。
つまらなかったこと。
どうでもいいと思っていたこと――
それらが全部一緒になって「終わる」という事実として胸に響いていた。
卒業生退場。
教室に戻ったはずなのに、どうやって歩いたのかほとんど覚えていない。感動、という言葉とは少し違う気がした。ただ、溜まっていた思いが歌と一緒にあふれ出して涙になっただけ。
教室ではみんな泣いていた。
泣いて、
笑って、
抱き合って――
冷静に考えれば、ほとんどの顔はまたすぐ高校で会う。
同じ制服で。
同じ教室で。
それでも涙は止まらなかった。
不思議なものだ。
明里はそう思いながら何度も袖で涙をぬぐった。
数日後。
明里は自分の部屋の窓辺に立ち、夜空に浮かぶ月を眺めながら物思いにふけっていた。
卒業式のあと、楓や美智と、
「なんか、いい式だったね」
「思った以上に感傷的になっちゃったよね」
なんて笑い合いながら帰ってきた。そのときには胸のざわめきも不思議と落ち着いた気がしていた。あれから数日が経ち、今、明里の心に浮かんでいるのは神主さんの言葉だった。
――無理に答えを出さなくていい。
――境目は揺らぐものですから。
(境目、か……)
中学生としての時間が終わった。その実感がじわじわと今になって押し寄せてきているのかもしれない。
空に浮かぶのは下弦の月。
如月もそろそろ終わりを迎えようとしていた。
そして明里の中で、まだ名前のつかない何かが静かに芽吹こうとしていた。




