(02-4)梅
境内はいつもと変わらない静けさに包まれていた。明里はほうきを持って落ち葉を集め、手水舎を拭き、社殿の前を整える。あれをやって次はこれをやって。体が覚えている順番通りに手を動かすと心も自然と落ち着いていく。
一通り終えると社務所の縁側に腰を下ろした。
ふう、と小さく息を吐いて境内を見渡す。
視線の先には一本だけ立つ梅の木。白にほんのり紅を含んだ花が枝いっぱいに開いていてほぼ満開だった。
参拝客が二人、足を止めてその梅を見上げている。
「一本だけなのに、毎年ちゃんと咲くねぇ」
「ほんと見事だわ」
そんな声が風に乗って聞こえてくる。明里はそれを遠くから聞きながら、胸の奥がふっと温かくなるのを感じていた。
(きれいって思ってもらえてる)
それだけでなんだか嬉しい。
「お疲れさま」
振り向くと神主が縁側の近くに立っていた。穏やかな笑顔でいつものように軽く会釈をする。
「いつもありがとう。明里さんが丁寧にしてくれるから境内も気持ちがいいよ。梅の木も……きっと喜んでる」
「そんな……」
明里は少し照れたように首をすくめた。
少し間があって、明里はぽつりと言った。
「ねえ、神主さん。私もうすぐ卒業なんです」
「ほう」
「嬉しいとか淋しいとか……そういうのともちょっと違って……なんていうか……変な感じで」
言葉を探しながら、明里は梅の木を見たまま話す。
「終わる感じもしないし始まる感じもしなくて。でも、何かが変わる前みたいな……」
神主はしばらく黙って明里と同じ方向を見ていた。
満開の梅が静かに風に揺れている。
「如月はね」
ゆっくりと口を開く。
「境目の月とも言われます。冬と春のあいだ。寒さと温かさのあいだ。はっきりどちらとも言えない、でも確実に移ろっていく時期です」
明里はそっとうなずく。
「明里さんにとっても、今はそういうところに立っているのかもしれませんね。無理に答えを出さなくていい。境目は揺らぐものですから」
梅の花びらが一枚、静かに落ちた。
明里はそれを見つめながら、胸の奥にあった違和感が少しだけ言葉をもった気がした。
(ああ、今はここなんだ)
そう思うと不思議と心が落ち着いた。




