経営難という名の免罪符
さあさあ彼の野望が明かされて行きますよ
放課後の薄暗い職員室。
佐藤花子は、デスクの下で自分の膝をぎゅっと掴みながら、目の前にある一通の分厚い封筒を見つめていた。
赴任して以来、山田太郎という存在がどうにも頭から離れなかった。
授業をサボり、職員室でくだらない冗談を叩き、同級生の自分を「花子先生」と余裕の笑みでからかってくるあの男。それなのに、校舎の隣にある彼の私立進学塾からは、毎年のように東大や早慶の合格者が輩出されているという噂が絶えない。なぜ、高校すらまともに卒業できない男が、これほどのエリートたちを意のままに操れるのか。そして何より――「なぜ、この学校はいつまでも彼を退学処分にせず、在籍させ続けているのか」。
耐えきれなくなった花子は、ついに私立探偵に裏の調査を依頼していたのだ。
震える指で封筒を開け、中から引きずり出されたのは、数枚の写真と、びっしりと文字が詰まった調査レポート、そして一枚の「財務データ」だった。
「……これ、は……?」
写真は、夜の進学塾の窓ガラス越しに撮影されたものだった。
そこに写っていたのは、昼間の「くたびれた留年者」の姿など微塵もない、冷徹なまでの眼光でホワイトボードに複雑な思考モデルと心理的グラフを叩きつけている山田太郎の姿だった。
だが、花子の目を釘付けにしたのは写真ではない。その下に添えられた、学校法人に関する極秘の財務データだった。
――この私立高校は、長年の少子化と人気低迷により、慢性的な「定員割れ」と深刻な「経営難」に陥っていた。一歩間違えばいつ倒産してもおかしくない極限状態。
そして、その経営危機を水面下で支え、学校法人の理事会すら黙らせている最大のスポンサーこそが――他でもない、山田太郎が営むあの進学塾からの「巨額のテナント料」と「裏の財政支援」だったのだ。
学校側も、理事長も、校長すらも知っていた。
山田が何年もわざと赤点をとり、卒業せずに居座り続けているのは、この学校の定員割れの穴埋めであり、経営を延命させるための「不可侵の特権」なのだということに。学校が山田をクビにできないのではなく、山田がいなければこの学校自体が明日にでも潰れる――それが、この学園の隠された本当のソースコードだった。
「……嘘、でしょ……。この学校は、あの男の掌の上で生かされてただけ……?」
花子が絶句し、震え上がったその時、背後からカサリと足音がした。
振り返ると、いつの間にか職員室の入口に、あのくたびれた私服姿の山田が立っていた。手にはいつもの安っぽいコーヒーカップ。山田はフッと不敵な笑みを浮かべ、花子の手元にある調査ファイルに視線を落とした。
៊ី「おや、佐藤先生。いいカネの使い道をしたじゃないか」
山田はゆっくりと歩み寄り、花子のデスクの端に手を置いた。その瞳には、すべてお見通しだと言わんばかりの、底知れぬ余裕の色が浮かんでいた。
「知りたかったかい? 俺がどうやってこの学校の椅子にしがみつき続けてるかをさ」
山田は低く、しかしハッキリとした声で囁いた。
「見ただろ? 表の学校の経営なんてのは、風前の灯火のハリボテだ。俺がここで留年を繰り返してやることで、この学校は辛うじて定員割れの底割れを防ぎ、テナント料で延命できている。……クビにできない理由が分かって、スッキリしたかい、先生?」




