謎の男のカケラ
今日はこの辺にしときます。腱鞘炎が心配です。
週明けの数学、綾小路教諭の講義。またしても佐伯が机に突っ伏して眠りこけている。
見かねた綾小路が自習室の山田を呼びに行き、半ば呆れたように「何とかしてくれ」と告げると、黒いスーツとハットの男――山田太郎が重い足取りで教室へと現れた。
「おい、佐伯」
低い、冷徹な声が教室に響く。
「……勝手に授業をサボって俺の自習室に入り浸るのは黙認してやったが、俺のいない場所で無様に寝こくるのは『契約違反』だ。いいか、あの件とあの証拠、今すぐ全校生徒の前にバラされたくなければ……分かるな?」
その一言を聞いた瞬間、佐伯は青ざめた顔で跳ね起き、蜘蛛の子を散らすように教室から逃げ出した。
教室が静まり返る中、山田はそのまま教壇へと歩み寄り、チョークを手にした綾小路教諭に向かって平然と言い放った。
「――先生。その黒板の方程式、論理破綻していますよ。時間の無駄だ、代わりましょうか?」
廊下の窓からその一部始終を目撃していた花子は、全身の血液が逆流するような衝撃に襲われていた。
――教員免許すら持っていないはずの高校生が、なぜ教壇を乗っ取り、プロの教師を論理で屈服させているのか?
昼休み、職員室の隅。
花子は抑えきれない動揺を押し隠し、綾小路にあの男の正体について切り出した。返ってきたのは、まるで悪趣味なびっくり箱を開けたかのような、脱力感に満ちた答えだった。
「ああ、彼ですか? 驚きますよねえ。なんでも高校一年の時に大検をパスして、大学受験の年齢制限が解除されるのを待って筑波大の工学部を出ているそうですよ。教員免許なんて、実務上のオマケみたいなものだって本人は笑ってましたけどねえ!」
――一体、何なんだ、その人生のアルゴリズムは。
私たちが3年間、血の滲むような思いで受験勉強のシステムにしがみつき、ようやく詰め込んだ知識の総量を、彼はその数分の一のスピードで軽々と凌駕していったというのか。大学の単位の取得率に一体どんなダークな魔法を使ったのかしら。
合理的で、冷酷で、常識の枠組みの遥か外側を疾走する山田太郎という名のバグ。
その謎は深まるばかりか、花子の思考の奥底へと、まるで抜け出せない蜘蛛の巣のように絡みついていくのだった。
次回から第二章に突入します。原稿は出来てるので気が向いたら上げます




