山田の休日
同窓会の終わり、冷え切った空気の中を駅へと歩いていた花子の視界の端に、ふと見慣れたシルエットが飛び込んできた。――山田太郎。
独り言をぶつぶつと呟きながらどこかへ向かうその背中に声を掛けようとして、しかし彼の耳にその声が届く気配はない。
駆け寄り、その肩を叩く。
「――花子先生、奇遇ですな」
深夜の繁華街を彷徨う「高校生」の姿に、正論のOSを搭載した教員としての警戒が反射的に起動する。ここで何をしていたのかと問う花子に、山田は涼しい顔で言い放った。
「いや、ちょっと思考のクロック数が上がりすぎて脳が熱を持ってね。回転数を下げるために、ターキーをしばきに来たところだ」
教師に向かって平然と酒を語るその態度。舐められているのか、それとも――。言葉を探して固まる花子を、山田は冷徹な予測のロジックで先回りした。
「先生、今これをコンプライアンスや校則の引き出しから取り出して説教しようとしただろ? だがな、俺は成人だ。法に触れる要素はゼロだ。不服なら今すぐパトカーでも何でも呼べよ。実験してやるよ。時代遅れの少年法をベースに組まれた学校のローカルルールと、実際の刑法――どちらが俺に適用されるかなんて、考えるまでもないだろ。その程度の変数だ」
言い返せない。同窓会の席で同期たちが吐き捨てていた言葉が脳裏に蘇る。
――「あいつに近づくな、論破されて終わるぞ」
ならば、どうするか。論理で勝てないなら、観察するまでだ。花子は意を決し、その影を尾行することにした。
辿り着いたのは、街の喧騒から切り離されたシックなBAR。
山田は迷うことなくカウンターの特等席に滑り込み、マスターにただ一言、「いつもの」と告げた。
グラスに注がれたのは『ワイルドターキー 8年』。もちろん、氷など入っていない。
彼はそれをストレートで、まるでただの水でも飲み干すかのように、ボトル半分ほどを一気に胃へと流し込んだ。そして、会計の素振りすら見せず、当然のように店を後にする。
常識の枠組みを完全に無視した振る舞い。だが、ここまで振り切れていると、もはや呆れを通り越して一種の清々しさすら覚える。
――これが、彼の日常?
私たちが共有する社会という名のコンテキストの、完全に外側で駆動する謎の生物。
ついさっきまで同窓会で「不在裁判」にかけられ、社会から脱落したモブとして笑い者になっていた男が、現実の夜の盤面では己のルールだけで完全に世界を回している。




