執務室
中華紅花のカウンターに残されたお椀の湯気が、ゆっくりと天井のシミへと溶けていく。
山田が語った「信用という名のネズミ講」――その本質を理解した花子は、自身の内側で何かが音を立てて書き換わるのを感じていた。目立つ者、声を張り上げる者が勝つと思い込んでいたこれまでの世界線が、音もなく崩れ去る。
だが、静寂の裏で、網の目はすでに張り巡らされていた。
軍の司令部、冷え切った執務室。
ジェシカは目の前に置かれた端末のログを睨みつけ、微かに唇を震わせていた。
「……どういうことだ。私のシグネチャーが、すべての末端から切り離されている……?」
情報漏洩の源流として自らが優位に立っていると信じ込んでいたはずの女は、今や完全に孤立していた。ドナは沈黙し、クロエの動線も巧妙に攪乱されたトラップへと誘導されている。コウジ•ナカモトやマク’ドナルドJ•UNOといった末端の駒ですら、気づけば山田が撒いた「見えない網」のなかに絡め取られていた。
すべては、一番後ろで光を当て続ける男の掌の上だ。
「……面白い」
ジェシカの口元が歪む。軍法会議という名の断頭台へ自らを連れ込もうとする影の存在に気づいたとき、彼女の中で何かが切れた。保身のための防衛本能ではなく、プライドを踏田された軍人としての狂気が、最後の自爆装置に手を伸ばさせる。
「私を切り捨てられるとでも思ったか。……すべてを焼き尽くしてやる」
世界平和を掲げる「ネズミ講」の種が静かに大地に根を張る一方、追い詰められた中将が放つ最後にして最悪の反撃の電波が、夜の静寂を切り裂いて走り出した。




