山田の軌跡
Jessicaとの濃密な邂逅を後にして、佐藤花子は山田の影を追うしかなかった。「帰る」――その置き手紙のような一言を頼りに辿り着いた彼の事務所は、相変わらず無機質な沈黙を保っていた。
スマートフォンを叩いても、検索の海に彼の痕跡は一切ヒットしない。そもそも携帯すら持たないあの男を探し出すには、個人知の限界を超えたアプローチ――つまり、Jessicaの力に頼るしかなかった。
彼の事務所そのものが、日常の風景にカモフラージュされた高度なstealth仕様だ。かつてJessicaは笑いながらこう言っていた。
――あの男はその冷徹な頭脳と圧倒的なステルス能力ゆえに、裏の界隈では『phantom』の二つ名で恐れられ、FBI、CIA、NSA、果てはモサドの影にまで追われている変質的なオッサンなのだと。
藁にもすがる思いで、花子はJessicaの秘匿ホットラインを叩いた。
「――I’m Jessica talking. もしかして花子先生? 早速の連絡嬉しいけれど……まさか、彼をもう逃しちゃったの? 大丈夫、心配いらないわ。私がしっかり捕縛しているから」
受話器の向こうで軽やかに笑う声のあと、Jessicaは平然とこう言い放った。
「安心して、今ね、三沢ベースの後輩の自宅でホームパーティーの真っ最中なのよ。あなたも来る? もし来るなら、そのGATEへ迎えの遣いを飛ばしてあげるから」
――はっ? 何だそれ。
三沢ベース? 私ごときの一般人がやすやすと通れるような「GATE(門)」なものか。
どうする? 己の内に問いかけても、返ってくるのは冷たい沈黙だけだった。なぜなら、こんな修羅場の潜り方など――未経験なのだから。




