謎多き浪人
そして何より、花子にはずっと疑問だったことがある。なぜ、これほどの問題児が、一度たりとも放校処分にならずにこの学校の椅子にしがみ続けられているのか。
花子は冷ややかなトーンで言い放った。
「……聞いても教えてくれないだろうけど、どうして貴方はまだ在籍しているの? 普通なら何年も前に追い出されているはずよ、山田さん」
山田はふっと鼻で笑い、コーヒーカップを机に置いた。その薄汚れたマグカップの底が、木製のデスクに乾いた音を立てる。
「知りたいかい? ……だが、その前に一つ訊いていいか、佐藤先生」
山田は射抜くような鋭い視線を、花子の真っ直ぐな瞳へと向けた。
「あんた、確か……千葉大の教育学部卒、だったよな?」
「……それが、どうしたっていうの」
山田は冷笑を浮かべ、吐き捨てるように言い放った。
「ふんっ! 千葉大の教育学部卒? ……それ以降、自分の脳を使う事を辞めたのか?」
「っ……!」
花子の息が詰まった。綺麗に整えられた正論と、国が定めた教育指導要領という「あらかじめ敷かれたレール」の上しか走ったことのない自分の経歴を、一瞬で見抜かれたような屈辱感。
「お上の作った教科書をありがたく子供たちに暗記させ、それが『生徒を導くことだ』と疑いもしない。そういうキレイごとのOSしかインストールしてないから、この学校がなんで経営難で、なんで俺みたいな留年者をクビにできずに飼い続けてるのか……その本当のシステムエラーの構造に、1ミリも頭が回らないのさ」
山田は立ち上がり、職員室の窓からグラウンドを見下ろした。
そこに群がる生徒たちは一見するとただの反抗期の子どもたちだが、山田の目には、その一人ひとりの心理的バイアス、欲求、そして学校という巨大な檻の中でどう飼い慣らされているかが、まるでソースコードのように丸見えだった。
「いいかい? 人間なんてのはな、正しい正論じゃ1ミリも動かない。動かすのは、いつだって『構造』と『絶望』の絶妙なバランスだ」
山田は振り返り、花子の目を真っ直ぐに見据えた。
「――なあ、花子。あんたがこれから教壇に立って、あの生徒たちを『導く』つもりなら、まずはその足元がどうやって組まれてるかを知るべきだ。……この学校の本当のルールを、教えてやろうか?」
外のチャイムが鳴り響く。
それは、表向きの爽やかな学園生活の始まりを告げるベルであると同時に、山田太郎という巨大なバグが、この学校のシステムを再び完全にハックし始めるための、静かな起動音だった。




