留年者の特等席
職員室の空気が、新品のインクと焦燥感に満ちていた。
4月。桜の散り際、新緑がまばゆい季節だ。窓の外では、真新しい制服に身を包んだ新入生たちが、希望に胸を膨らませて校門をくぐっている。
佐藤花子は、自分の名前が真新しく刻まれた黒い木製のネームプレートを見つめながら、小さく息を吐いた。
教育実習を終え、晴れて母校であるこの私立高校に「国語教師」として赴任してきたのだ。同期の中で一番乗り、鳴り物入りの首席採用。職員室のデスクには、生徒たちを正しい道へ導くための指導案と、理想に満ちた教科書が山のように積まれている。
「――おや、佐藤先生。そんな硬い顔をしてちゃ、生徒にナメられますよ」
斜め前の席から、乾いた声が降ってきた。
顔を上げると、今年から古文を担当するベテラン――いや、正確には「この学校の生き字梅」と呼ばれる男が、マグカップのコーヒーをすすりながらこちらを見ていた。名前は確か、山田太郎。
花子はわずかに眉をひそめる。
山田は、かつて自分がこの学校の生徒だった頃から、そこに「いた」。
いや、正確に言えば、いつまで経っても卒業していなかったのだ。
周囲が生死をかけて大学受験に挑み、あるいは就職の道を模索していた青春のど真ん中で、山田は高校受験からずっとこの学校に巣食い続けていた。知識なら図書館の蔵書で十分だとうそぶき、学校の授業などハナから相手にせず、校舎のすぐ隣に勝手に小さな事務所を建てて起業したのが高校3年の頃だったか。
試験ではあえて満点を避けて赤点を叩き出し、意図的に留年を繰り返す。教師たちが頭を抱えるのを尻目に、彼は校内のシステムの裏側をすべて掌握し、いつしか生徒たちの間では「伝説の謎の主」として神格化されていた。




