例えばこんな学校生活
今日もいつも通りのつまらない生活を過ごしたせいで、気づけば放課後を迎えていた。
あとは帰宅するだけなのだが、この長期休暇でアニメもゲームもあらかた片付けてしまったため、正直やることがないといえばない。
ちらりと隣の席を見やる。藤咲は放課になるとすぐに勇み足で教室を出ていったため、そこに姿はない。
そんな風にぼぅとしていると、ドンとゴツい手が俺の肩に置かれる。
「よっ、八ノ宮の主人公」
「光、変なことされていない?」
蓮は終始面白げに顔を歪め、美弥は心配そうにこちらを伺っている。二人ともエナメルバッグをかけている。両者ともに運動部であるため、これから練習なのだろう。
「あんまり恥ずかしいから言わないでくれよ」
「てかそこはツッコんでくれよ。お前何いってんだよ!って」
「光、あんたの優しいところは好きだけど、いざという時にはあんなやつ突き放すのよ?」
美弥は心配そうに俺の頭を撫でる。
些細なボディタッチではあるものの、俺は軽く一歩引いてそれをすぐに躱す。
別に今日を通して、俺と藤咲の間にコミュニケーションなんてなかったのに、どうしてこいつらはここまで藤咲に敵意を抱いているんだろうか。
「でも、ちょっと話した分には悪い子には思えなかったけど」
聞き馴染みの良い声で、後ろから近づいてきた侑夢は藤咲のフォローを入れる。
てか、藤咲と話しに行ったのか。やはり侑夢は地味めなくせにたまに冒険心が強かったりと掴みどころがない。
「いやいや、あんな挨拶するやつがまともなわけ無いでしょ」
「わからんぞ、実はエチュードに乗ってくれる人を待ってるだけなのかもしれない」
またしても蓮と美弥は言い合いを始める。それを内心うんざりしながら見ていると、侑夢は思い出したように小さく手を挙げる。
「あの、二人とも部活は大丈夫?」
「やっべ、今日俺、準備係だった」
「はぁ、もうこんな時間なのね」
二人は疎ましげに壁時計を睨む。それから美弥だけがちらりとこちらを振り返っ
た。
「二人は一緒に帰るの?」
どういう質問なんだ。俺が答えあぐねていると侑夢は即答する。
「いや、実は私このあと友達と帰るんだ。ごめんね、源元くん」
「なんで俺が振られた感じになってるの」
俺達は笑い合う。相好を崩す美弥の顔は、どこか安心したような笑みを浮かべてい
る。
「それじゃ、行ってくるわ」
手を軽く上げる蓮と美弥に俺たちも手を上げ返す。
歩き出す背中に侑夢は優しい声を投げかける。
「いってらっしゃい」
隣の侑夢は彼らの背中が見えなくなるまで肩の上あたりで手を振っていた。
「源元くんは、この後どうするの?まっすぐ帰る?それなら一緒にいいかな」
「あれ、さっきは友達と帰るって」
「あれは嘘だよ。だって美弥ちゃん、ああでも言わないと嫌な気持ちになっちゃってただろうし」
優しく微笑む侑夢。そこには決して欺こうとか出し抜こうという悪意は見えない。
ただ純粋に他人を傷つけないように立ち回った結果として、嘘を選んだだけなんだと思う。俺は密かに侑夢の、相手の言葉の真意を汲み取る能力に感心する。
正直、いつものメンツでいると最近は妙な緊張感というか、気だるさのようなものを感じるのでできれば一人で帰りたかったが・・。
『みんなの源元光』はここでそんなことを言うようなタイプでは、おそらくない。
やや息苦しさを感じながら、侑夢を見る。
「そっか。なら一緒に————」
「源元、ちょっといい?」
数席前から声をかけられ、俺の声は遮られた。
見ると一人の長身の男子が手をこちらにあげていた。あれはテニス部の小玉君だったか。
「実は俺たちも今日部活でさ。ほら、テニス部って厳しいだろ?だから良ければなんだけど、日直の仕事変わって欲しくて」
「そう言うことか。別に大丈夫だよ、頑張って」
「さっすが光様!ありがと!」
俺はいつもの角度に口角を上げ、日誌を受け取る。
すると小玉君は俺に話しかける時の様子とはうって変わって軽快に、部活仲間たちと教室を飛び出して行った。
日誌には今日の時間割や授業に対しての一言コメントや、一日の振り返りなどたくさんの記載欄があるが、それらは全て空白。
おおよそ最初から日直の仕事を完遂しようとしていた風には見えない。
「源元くん、嫌なことはイヤって言わないと」
「心配は嬉しいけど、本当に無理はしてないよ。この程度のことなんてさ」
侑夢はジッと俺の横顔を見つめているが、その視線に気づかないフリをして俺は席についた。
「だからごめん、一緒に帰るのは難しそうだ」
「別に待つよ、それくらい」
全く、なんていい子だろう。空蝉侑夢と言う女の子は。
頼むから早急に帰ってくれないだろうか。
するとガララッと急に扉が開かれる。尋常ではない焦り具合を告げるそれに教室に残っている生徒たちは一斉に視線を投げる。
「光!ちょっといいか!」
「俺は駆け込み寺か何かですか・・・」
俺は呆れて大きくため息をつく。
なぜなら、扉の柱を強く掴み、教室に半身乗り出して俺を呼ぶのが国語教師兼、図書委員担当の楠井先生だからだ。彼女が俺を呼ぶ時は大体面倒な雑用を押し付ける時だ。
「なんですか今日は。てかあれ、今日は学年会議があるって・・」
「だから焦ってんだろうが、小童が!」
「もう帰ります」
「悪かった。私が全面的に悪いから見捨てないで、もう一回チャンスを頂戴!」
心底めんどくさいノリ。俺はそれをおくびにも出さず、改めて先生に向き直す。
「実は今日、学年会議ってこと忘れてたんだ。だって昨日も会議があったからな。そのせいで新入荷の本の届出を今日にしちゃったんだよ。もちろん、図書委員の奴らなんて集まるわけもないし、ここはひとつお前に仕事さしちゃおうかなって」
「そんなのまだ委員もいるかもしれないんだから放送なりで呼び出したり、明日やったっていいじゃないですか」
「なしだな。放送だと私の不手際を職員たちに知られるし、明日やらせると言う手は
確かにあるが、近頃は物騒だからな。なるべくその日に管理シールとかを貼った方がいいんだ。本を放置でもしてみろ、怒られるのは責任者の私だぞ」
知ったことかよ。
俺は眉がわずかに中心によりかけて、またため息をつく。
「頼む、お前しか頼りがいないんだ」
「わかりましたよ、借り二つ目ですからね」
ちなみにもう一つは去年の二学期に、先生が教師用の教科書を無くしたと慌てふためいていた時に俺の教科書を貸したことだ。結局二日後に見つかったのだが、おかげで俺はあまり話したことのない女子とこの歳で机を引っ付けるという辱めを受けたのだった。
「助かるよ、現代の光源氏!」
大袈裟に俺の頭をぐりぐりと撫でてから、全速力でかけて行った。
俺は項垂れながら時計を見る。
時刻は十七時半である。
放課になってすぐ帰路についていれば余裕でゲームなり読書なりを始められていた頃だろう。
後ろから、遠慮がちな足音が聞こえてくる。俺は振り返らず、その音に呼びかける。
「大分かかるだろうけど、待つかい?」
「・・・今日は、一人で帰るよ」
ポンと慰めるような、優しく柔らかい手のひらの感触が背中に伝わる。
優しさに漬け込んでこき使われる、そんな生活が、俺は大嫌いだ。




