少しだけ、大きく見える虹
上体を反らす。するとそこには傘もささずに、タオルを差し出している侑夢の姿が。
「侑夢・・・。俺」
侑夢を見た安心感で、張り詰めていた緊張の糸が緩んでいく。
湧き上がる孤独感、友人への申し訳なさ、後悔、そして微かに残る達成感。
そんないろんなものが渦巻いて、俺はとうとう感情が瞳から溢れ出してしまう。
「え?あはは、なんだこれ。せっかく、望んでたものが手に入ったってのに。なんで、止まんないんだよ」
それは雨粒と混ざり合っては、流れ落ちていく。そしてまた、溢れ出る。その繰り返し。
そんな俺の頭を、タオルがふんわりと覆った。
「雨で顔、濡れちゃってるから。ちゃんと拭いて」
俺はタオルをぎゅっと掴んだ。
今日が雨で、本当に良かった。カッコ悪いところは、これ以上見せられないから。
俺はタオルの下で一度、深く深呼吸をする。息が乱れているせいで、うまく空気が吸い込めない。
「ほんと、また泥を被るとは」
「ふふっ。あの時に比べれば、まだマシだよ」
俺は顔から外すと、まだ立ち上がらずに雨が濡らす街を見渡す。
そこには雨を嫌う正常な感性の奴らが丸ごと街から消え去ったような、そんな特別感と優越感が満ちていた。
「傘をさしてくれてもいいんじゃないか」
「ダメです。こうやって濡れるのも、気持ちいでしょ?」
くすくすと、俺たちは笑い合う。
俺は自分の体で立ち上がると、アーケードの方へと避難する。侑夢も自分のために持ってきていたタオルで濡れた髪を大切そうに包んでいる。
「俺、一人になっちゃった」
「ああも悪役に徹しすぎると、しょうがないよ」
「そこは、『私はそばにいるよ』とか慰めるところだろ!?」
「だって、友達はいらないんでしょ」
どこか拗ねた様子で顔を逸らす侑夢。
俺はつい最近、こいつについて知ったことがある。
多分、こいつはめんどくさい。淡白で無頓着な感じをしながらも、実はめちゃくちゃ湿度が高い感じのやつだ。
きっと、怒らせると怖いランキングでは美弥と並んでトップタイにいるべきだろ
う。
「そこは何か、機嫌をとる一言を言うところじゃないかな」
「そうだな。・・・侑夢」
俺は呼んだ名の少女を見た。一年の頃から知り合いで、思えば初めましての日もこうやって一緒に濡れていた。
そこから交流が始まって、今日の今まで付かず離れず衛星みたいにずっと俺を見守ってくれていたのだと思う。
俺は髪型のセットも崩れ、滴る雨がしきりに顔を伝って、ぐちゃぐちゃになりながら笑う。
「俺と、友達になって欲しい」
「・・・はい」
ゆっくりと頷いた侑夢は、純粋な笑顔を咲かせている。
けれどすぐに不安になって、俺は問いかける。相変わらず「源元光」の仮面をかぶっていない自分は小心者で嫌になる。
「でも、俺ってめんどくさいし性格も悪いけどそれでも大丈夫か?」
「大丈夫だよ。だって、私は満月好きだもん」
こいつには敵わない。俺はそう悟って頭をかく。
「でも、悪かった。侑夢からしても気分がいいもんじゃなかったよな。喧嘩する為だけに、美弥たちを祭りに呼び出すだなんてさ」
そう、俺はあの境内の中で侑夢にしたお願い。それは美弥と蓮に嫌われたい。というものだった。
そこで侑夢が提案したのが二人を呼び出して、俺が渚へとアタックしている様子を見せつけて失望させると言うものだった。
美弥は直情的で、俺に好意があるから、「光くんが渚ちゃんを出し抜こうとしてる」だとか言えば食いつくのではないか。そんな提案だった。
でもまさか道中のアーケードで出会うとは。それは想定外だった。
おまけにここまで濡れることも、だ。
「言ったでしょ。私は、変わりたいの。誰にでも優しい私は、もう卒業」
そう笑う横顔は、どこか寂しげだ。
「これは選ぶ予行練習なんだよ。光くんや花奈ちゃんに追いつくために、私が私を好きでいるために。順番をつけて、切り捨てる。その練習」
「でも、言っちゃえば俺は学校生活のほとんどが嘘だから容易にアイツらとの関係を捨てる判断はできたけど、お前はそうじゃないだろ」
俺とアイツらとの関係はきっと『みんなの源元光』という偶像だからこそ形成できる人間関係だった。つまり、もう変わってしまった俺に居場所はない。
けれど侑夢は違う。確かに自分の本心とは違うことを言うことや、どこか剃りが合わないと感じることもあったかもしれない。けれどそれはあくまでも一般的な範疇での嘘のはず。俺のように人格レベルで他人だったわけではないのだから。
だからこそ俺には、侑夢がわざと俺たちの関係を破綻させるために動くほどの動機がないようにも思えてしまう。
そんな俺に、侑夢はため息をついた。どこか呆れと安堵が入り混じったようなものだった。
「だから、順番をつける練習って言ったよね」
「えっ、うん?それがどうしたんだよ」
「はああぁぁ。これは、苦労しそうだね」
「は?ちょっと待って、ナゾナゾか何かか!?学年首位の頭脳をもってすればそんなもの」
必死に捲し立てる俺を、侑夢は楽しげに笑って、意地悪に微笑んだ。
「ヒントは、乙女心。だよ」
「え、えぇ?」
たじろぐ俺を見て満足げにしながら、侑夢は続ける。
「それに、私は美弥ちゃんたちと喧嘩したわけじゃないからね。別に絶交ってことはないと思う。私たちが繋がってるって、知らないわけだしね」
「でも、少なくとも俺とあの二人との縁は切れた。なら今後俺と関わるなら、お前だって目をつけられる可能性はあるだろ」
自分で言うのもなんだが、さっきの俺はあまりにもクズすぎた。そしてそれが、俺の本性だ。少しくらいは誇張した部分もあるけれど。
ならきっと、今後も俺が自分らしく振る舞えば、これまでの俺との乖離に周囲は俺を批判するだろう。であれば、侑夢だってその煽りを受ける可能性は高い。侑夢は良くも悪くも人畜無害すぎるから、攻撃のターゲットになってもおかしくない。
「光くんは私とはクラスでは関わりたくない?」
「そりゃそうだろ。そっちの方がお前への危険が少ないからな」
「ほんと、優しいね。誰にでもじゃないのかなぁ?」
「お前だけだよ。だって、友達がお前しかいないからな!」
「あっそ」
えぇ、急に冷たくなるじゃん。
今の俺には、おちゃらけずに小っ恥ずかしいことを言えるほどの勇気がないのだ。なんせ俺はもう『みんなの源元光』ではない等身大の俺だから。
「きっと大丈夫だよ、たまに話すくらいなら。蓮くんだって、落ち着いたら話そうとしてたみたいだし」
「あいつには、悪いことしたかな」
「ダメだよ。もう選んだ以上、それを正しいものにしていくしか、ないんだから。それに、二人が交わる運命なら、これから勝手にまた話したり仲直りしたりできるよ」
「藤咲みたいになったな」
「憧れだからね」
藤咲を真似るように、手を腰にやって胸を張る侑夢。
俺がその様子につい頬を緩めてしまう。
侑夢がこんなに話してくれるようになったのも、藤咲のおかげだな。今度それとなく返礼をしなければ。
「それじゃ、私は帰るよ」
「もういいのか?」
「当たり前だよ」
もうアーケードの向こう側へと歩き出した侑夢はくるりと振り返った。
「これからは、主人公な花奈ちゃんと悪役な光くんのパートでしょ?」
侑夢はそういうと、小さく俺に手を振って再び歩き出す。
俺はいまだに濡れている服に気持ち悪さを感じながら、進むべき道を見た。
見上げる空はもう、止んでいた。
気まぐれな空模様に俺は鼻を鳴らして、一歩踏みだす。
すると透かすような淡い太陽の光が俺を指す。
俺は探すように、どこまでも続く広大な青空を仰ぐ。
いつもなら気づけないほどのささやかな風も、今はどこか気持ちいい。
「あった」
俺はつい、足を止めた。
やはりそこには、虹があった。
その虹は今日も、澄んだ青の彼方から青春にもがき苦しむ俺たちを嘲笑うように、見下ろしていた。




