こうなると、わかっていても
美弥の後ろには蓮がいて、濡れる美弥を気遣って自分が指している傘を美弥の方へと傾けた。
そこに、俺は入っていない。
耳元の残響が止むと、やけに静かな声が届く。
「光、それはねぇんじゃねーの」
見たこともない鋭い蓮の眼差しに射抜かれ、俺は言葉をなくす。
「悪い渚。先に行っててくれるか」
「えっ、あ、うん」
蓮に言われ、慌てて流されそうになった傘を拾い上げた渚は、走って去っていった。
去り際、ちらちらと俺を気遣うように視線を送った、そんな気がした。
「説明して。なんであんなことしてたの。私、信じてたのに」
「信じてた・・・」
憔悴しきった、乾いた心に、その言葉はどこか雫のように感じられた。
じわりじわりと、俺は負の感情を取り戻す。
向けられるあまりの憎悪に怯んでしまった俺の背中を押すのは、結局は耳にタコができるほど聞いた、大嫌いな安っぽい期待の言葉だった。
カチッと自分のどこかのスイッチが鳴った気がした。
俺は美弥を睨む。
「信じるって何をだよ」
「あんたに決まってるでしょ!私たちが受けた恋愛相談を、光ならちゃんとこなせるだろうって信じてたのよ!それなのに渚と二人きりで抜け出して、しかもその上・・・」
「私たちってなんだよ。いつ、お前らが遊助のために動いてたよ。ただおもちゃ感覚で遊んでただけだろうが」
「そ、それは」
「いっつもそうやって、ラクで楽しい時だけ仲間ずらしていいとこ取りして。苦しい時には散っていくのがお前たちだろ?」
「光」
蓮の静止の声も、俺は無視して続ける。
「それで信じるって何をだよ。どんなことも俺に任せとけば自分たちはラクして青春を楽しめるって期待か?ふざけんな。なんで俺はただ自分が優秀なだけで、自分のこともできないガキのお守りしなきゃいけねーんだ。んなのが友達なら、俺に友達はいらねーんだよ」
「な、何言ってる・・・?そ、そうだ。藤咲なんかと一緒にいるからおかしくなっちゃんでしょ」
「ふざけんな!」
俺の大きな怒声に美弥はびくりを肩を震わせた。
俺が早口で捲し立てた感情よりも、ただの大声の方がこいつにとっては効果があるという事実が、どこか悲しい。
「自分勝手でいい加減に生きてるお前たちよりも、周囲との違いに悩みながらも諦めきれない夢を追い続ける藤咲の方がずっと輝いてるし、カッケェよ。いいよな、お前たちみたいな正常なズレ方をしてる奴らはよ。自分の感性が一般的だからってだけで苦悩もなく多数派側になって少数を叩くだけだ。そんな奴らに俺とか藤咲みたいに、ズレてる自分に悩みながらも現実に合わせて生きるしかないってもがく奴の何がわかんだよ!
お前らみたいな凡百な奴らは可哀想だよ。群れて夢を笑うことしかできないお前らなんてどうやったって、俺とか藤咲みたいに主人公にはなれねーんだから」
「そ、そんなもの別になりたいだなんて思ってない・・!ねぇ、光。今日は一緒に帰りましょ。たぶん疲れちゃってるんだわ」
美弥は蓮の傘から駆け寄って俺の手を取ろうと、腕を伸ばす。
あと、一歩。もう少しで、俺は温かみに触れてしまう。
「そもそも!・・・俺の威を借りる為だけに近づいてくんじゃねぇ、気持ち悪い」
「光!」
俺の体は急に上へと吊り上げられる。
いきぐるしい。
なんでだ。なにがおこった。
なれないのにいっきにどなったから?おおごえをだしすぎたから?
正面の顔が目に入る。
・・・どうして、目の前の蓮はこんなに険しい顔をしているんだろう。
心に膜がかかったように俺は冷静になる。
「お前がこれまで色々我慢してたのはわかった。それでも、自分を好いてくれてる人にその態度はないんじゃないか。威を借りるため?お前、自惚れすぎだよ。少なくとも、俺はそんなこと考えたことなかったよ」
蓮は勢いよく俺を突き放した。
強く尻を打って、ぐしゃりと濡れる。そこでようやく、蓮が襟を掴んで俺を持ち上げていたのだと気づく。
「また落ち着いたら話そうぜ。もう今日はいいわ。帰るぞ、美弥」
美弥はどこか怯えるように俺を見る。そして地面に転がった傘を拾ってから蓮を追うように走り出す。
俺はその様子を、遠くからぼぅと、映画のエンドロールのように、静かに眺める。
「なぁ」
俺の呼びかけに、蓮は足を止める。
「藤咲は、いいやつだから。一緒にいてやって、くれないか」
「うるせぇよ」
ひどく冷たい声色。けれどもどこかそれは、心地よかった。
二人の姿が見えなくなると、とうとう世界には俺一人になる。
どんどんと水溜りの水は、乾いた服を侵食するように競り上がり、尻の部分はもちろん、腿のあたりまでもが色を変えている。
涼しい。叫んで火照った体を、雨粒が冷ましてくれるようで、俺はその気持ちよさに天を仰いで目を細める。
雨音以外、人の声も、物音も、何もない。
俺に向けられる好奇の眼差しも、俺を噂するひそひそ声も、俺の自由を妨げる人間も、誰もいない。
この世界はどこまでも寂しくて、優しかった。
うっすらと目をあげる。
あぁ、そうか。俺はこの景色を知っている。
そう、これは————。
「————無茶しすぎだよ。はい、タオル」




