夕立
俺は侑夢と別れると藤咲たちを探して屋台の通りを歩いていた。通り過ぎる人々はNPCのように、纏う雰囲気はどこか均一に幸せそうだ。
「あっ、光くん!こっちこっちー」
そんな人混みの中で、名前を呼ぶ声が聞こえて、そちらに視線を送る。
渚は片手にはコーヒーの缶をもったままに、俺に手を振っている。
「光大丈夫か?あんなに切羽詰まってるって、漏れそうだったのか?」
「だとしたらあんなに走れるのはおかしいでしょ」
そんなことを言い合っている渚たちを尻目に、俺は周囲を見渡す。
「ちょっと、あんたどこほっつき歩いてたのよ」
藤咲はシャカシャカと振るフライドポテトを両手にもちながら俺の後方に立っていた。口にはたくさんのフライドポテトが放り込まれている。
メインヒロインを目指しているようには思えない醜態。
俺はつい苦笑を浮かべる。
「侑夢に見られてた」
「えっ」
「だから、追いかけてさ話してたんだ。恋愛相談の失敗を狙ってたことは黙っておくつもりだったんだけどな。バチでも当たったかな」
「侑夢はなんて」
張り詰めた糸のような緊張感。食い気味の藤咲に俺は首をふる。
「今回のダブルデートには干渉してこない。俺とお前の一騎打ちのままさ」
「そう。・・・それで、よかったのかしら」
きっと藤咲は今、俺のことを案じている。
ダブルデートを失敗させるという企みは俺の「変わりたい」という想いの表れだ。それに侑夢を巻き込ませれば、藤咲以外に俺を理解してくれる人間ができるのに。
とか考えているんだと思う。
こいつの気遣う時に見せる眼差しは、わかりやすい。
未だ釈然としてない藤咲から視線を外すと、俺はぐるりと振り向く。
「どうしよっか。そろそろ鯉のぼりの時間だ、移動するしたいんだけど、みんなは大丈夫?」
「あら、もうそんな時間?まだ腹四分くらいなのに」
「お前、焼きそばとかカステラとかはシートに行ってから食うってのに入るのかよ」
「大丈夫よ!移動の間にカロリー消費するから——いたっ!」
意気揚々と歩き出した藤咲はつまずいたように屈み込んだ。
「大丈夫か?」
身を乗り出して藤咲を見ると、右の足指からは血が滲んでいた。下駄の前坪と、親指と人差指の間が合わなかったようで、擦り傷が広がって血が滲んでいる。
慣れないままに、その足で突き進み続けた代償に、藤咲はきつく顔を歪めている。
「だれか絆創膏もってるか」
「ごめん、通学バックになら入ってるんだけど今は持ち合わせてない」
「俺もだなー」
「大丈夫よ、これくらい」
立ち上がる藤咲は左足に重心をかけていて、右足が地面を踏む度に目をぎゅっと瞬かせる。
あぁ、本当に俺は俺が嫌になる。けれども悪役になるには必要なことだと自分に鞭を打つ。
俺は人を安心させるためだけの笑顔をつくる。
「藤咲はここにいて。遊助、藤咲を頼む。俺と渚でコンビニに行ってくるよ」
細めた目の奥で藤咲を捉えると、藤咲は悔しさと遠慮が入り混じった表情を浮かべている。
もう、決めたんだ。俺は悪役になるのだと。
それがもし、唯一互いの深い部分を共有したバディであっても。変わることが、こいつへの恩返しだと、信じているから。
その笑みのまま渚へと視線を流して、俺は渚を連れ出した。
コンビニは神社から、シャッター街を抜けた先にある。シャッター街はアーケードになっているから天井がついていて、そこから見える空はどんよりと曇っていた。
道中、俺達の間に会話はなかった。
それは俺の罪悪感のせいだった。だから俺はその罪悪感を拭うように、踏み込んだ質問をぶつけてみた。
「こういうこと聞くのもあれだけどさ、遊助とは仲いいの?」
「どうしたの?急だね」
「ほら、今回のだって蓮に二人を進められたからこうやって一緒にいるわけだし。でもさ、こんなこと皆の前だと聞きづらいだろ?」
渚は気まずげに視線をそらす。それもそのはずだ、気のある男に別に男の名前を出されるなんて、気分がいいものではないだろう。
「まぁ、悪いやつではないと思うけど」
「でもわざわざ二人を指名されるくらいには、仲が良いんじゃないの」
「まぁ、今日一緒に居て意外に楽しいなぁーとは、思ったかな」
ん?
俺は違和感を感じて、渚を見る。
その横顔は、どこか朱に染まっているようにも見えた。
「あっ、コンビニついたね。急ごっか!」
気まずげに走りだした渚の背中をみつめる。
あの横顔を皮切りに、最悪のシナリオが俺の頭の中でぐるぐると回りだす。
俺はそれを吹っ切るようにかぶりを振ってから、俺はその背中に呼びかける。
喉を震わしたその音はひどく上擦って、か細い。
「遊助のこと、好きなの?」
「それ、私を振った光くんに、関係ある?」
振り向いた渚は妖艶な微笑みを浮かべ、冷たく白い灯りに満たされたコンビニへと消えていった。
俺は今まで、何を見ていたのだろうか。
漠然とした不安は風船のように膨らんで、気道が塞がれていくような息苦しさをもたらす。
無意識に、俺はとんだ間違いを犯したのではないだろうか。そんな自問をただひたすらり繰り返しながら、俺もコンビニへと続いた。
店内に入ると、渚は慣れた足取りで絆創膏の場所まで小走りする。そして絆創膏を一箱手に取ると手近にあるスナック菓子と共にレジへと向かっていく。
俺も何か買った方がいいのだろうか。そんなことを考えながら、店内をふらつくと一つの傘が目についた。
再び渚を見る。彼女は傘を持ち合わせてはいないようだ。窓から少しだけ覗ける空は、やはり泣き出す寸前。
俺はもう取り返しのつかない心地になりながら、その傘を手に取った。




