隣のあいつは青い
そんな事を考えてつい呆けていると、藤咲はいつの間にか少しだけ離れたところにある屋台の前からこちらに手を降っていた。
「今度はこれやりたい!」
「おー、ヨーヨー釣りか。懐かしいなぁ、やってみるか」
遊助は乗り気に藤咲と屋台の奥へと踏み入れていく。渚を見ると、どうやら横にある屋台が気になっているようだ。そこは射的の屋台だった。
「何か気になるものあるの?」
「あっ、あのクッション気になるなあーって」
渚が指差すのはどこか憎ましげな表情をしている猫の顔をしたクッション。うーん、わからん。
「確かに可愛いかもね、俺達は射的の方行く?」
「うん!」
渚はおおきく頷いて破顔する。
こんな無邪気そうな女の子も、裏では遊助をキープにしても良いとか言ってんだから恐ろしい。わたしゃー、人間不信になっちまいそうだよ。
屋台は、こけしだったりマッチの箱だったりに番号が貼られていてその的を倒すとその番号に準じた景品がもらえる、というまぁいつものやつだ。
渚が欲しているのは十三番か。おぉ、何やら重厚感のあるお菓子の空き箱が的のようだ。
俺は五百円を渡して屋台のおじちゃんから銃のおもちゃをもらう。玉は三発あるようだ。
「流石に悪いから私が払うよ」
「いいって。それに十三番の的重そうだし、三発だけじゃ無理ならそのときにね。ま、今回だけで終わらせるけど」
笑顔で渚からの追求を封じて、俺は屋台の的へと向かい合う。
銃のストックを肩に当て、正しいのかわからないリアサイトを覗き込む。
そこから覗く世界には、程よい緊張感が漂っていた。そしてその緊張感に、俺は久しぶりの高揚感を味わっていた。
藤咲との新鮮な体験の時は違う、体の底が熱くなるような興奮。
ここで的を落とさなければ、俺はカッコイイ源元光としてのイメージを損なうかもしれない。そしてそれは、俺が求めていることであるはずだった。
そのはずなのに、俺は外すことなど頭の隅にもない。
単純に目の前のゲームを全力で楽しむ。こんな純粋な気持ちを、俺は久しぶりに思い出していた。もしかしたら、罪悪感から逃避するための仮初の熱中なのかもしれないけど。
トリガーに指をかける。固い抵抗感に、より一層の緊張感がせり上がる。
俺は小さく息を吐く。狙うは十三番。
俺は、銃口を引いた。
パンッと軽い音がして、見定めていた的の左端に当たる。的は足を引くのみで決定的なまでに倒れてはいない。
張り詰めた糸のように意識を集中させているせいか、さっきまでは聞こえていなかった微かな藤咲たちの会話が耳に届く。渚は俺を挟んで藤咲たちから遠くにいるため、おそらく聞こえていない。
「このままじゃ渚、光にとられるわよ」
「だから別にそれでも良いって。てかそもそも、デートだってお前らが強引に誘ってくれたから来れてるわけで。こうやって遊びにこれただけでも満足なんだよ。それ以上なんて、求めてない」
「情けないこと言わないの。ラブコメマスターの私が見るに、渚はもう少しであんたに傾くと思うんだけど」
「なんだよそれ、お前にはなにが見えてんだ」
遊助の諦めと感謝が混じった乾いた笑い。
俺はストックが正しい場所に戻るよう、何度も位置を微調整してからまた銃先ごしに的を見る。
やっぱり、藤咲は人を気づかえる視野の広さと優しさを持ち合わせているのだ。
「逃げないで、きちんと向き合いなさい。もうチャンスは鯉のぼりの時しかなくなるのよ!」
切羽詰まった藤咲の声音。
他人を案じて本気で叱れる人間がいったい何人いるだろう。
大体は他人の人生だからとどこか区切りをつけて適当に、適切に受け流す。けれどそれができないくらいに、藤咲は不器用で、真面目だ。誰よりも、青春を信じてるのだから。
俺は、指を引く。
パン、今度はちょうど真ん中。一気に最初の位置から的が下がり、後ろで見守っている渚からは短く息が漏れた音が聞こえた。
「どうして花奈はそこまで本気になってくれるんだ。俺達って出会ってまだ日が浅いし、互いのこともよく知らないだろ。部活の連中ですら、正直ネタみたいな感じなのに」
言外に自分なんかが、というニュアンスが感じ取れる。消え入りそうなほどに重く、沈み込んだ言葉。
「なんでって、そりゃ私だからよ」
「は?」
そのまま俺は続けて弾を放つ。ケロリとした藤咲の声に、俺はつい笑っていた。
パン、その玉は狙い通りに的の上に当たると、ぐらりと揺れて、ゆっくりと的は落ちていく。
「あなたと私の仲だなんて関係ない。ただ私の眼の前で不幸な青春があるんだったら見逃せない。今はそれがただ遊助ってだけ。憐憫でも、自分の評価を上げるためでもない。ただあなたが好きな人を適当に自分にそれらしい事実だけを並べて、大切な気持ちに蓋をするのが許せないから、必死なの」
固い物音がしたかと思うと、後ろからいくつもの拍手がして振り返る。
青春だなんてよく美化されるそれは、実際ドロドロしていて別に面白みだなんてあるわけじゃない。むしろ嘆きたくなることのほうが多いように思う。しょうもない人間関係のしがらみ、逃れられない勉強、人によっては休み返上の部活動。当事者の俺からしてみれば、そんなものが美しいだなんて思わない。そんなのは喉を過ぎればなんとやらというやつだ。
それは、これまでで大切なものを失った藤咲だってよく知っている。
それでも藤咲は、諦めていないのだ。
どこまでも澄んだ青の下で生きることを。
俺は手渡されたクッションを、渚へと渡す。
「すごいよ光くん!これ、一生の宝ものにするね!」
「あぁ、大事にしてくれよ」
おそらく俺は、自虐的な笑みを浮かべていた。




