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成長痛

俺は戻るなり急いで渚の隣を取り返したため、後ろでは藤咲と遊助が会話を交えている。それを確認してから、俺は渚へ微笑んだ。


「そういえば渚、浴衣似合ってるね」

「そっ、そうかな!着るのも大変だし、時期も早いから変かなぁとか思ったけど、着てよかったぁ」

「深い緑が渚の大人っぽい感じと合ってて素敵だよ」

「あ、あはは。なんだかまっすぐに言われると恥ずかしいね。今日ってこんな暑かったっけ?」


 手で真っ赤になった顔を扇ぐ渚。あいもかわらず思ってもないことだけは、何故こんなに流暢に言えるんだろう。


 後ろではあれが食べたい、これが食べたいと駆け出そうとする藤咲を、犬に待ったをかける要領で遊助が食い止めている。

 間違いだぞ遊助。正解は一回だけ餌付けをさせて大人しくさせる、だ。


「でもさ、藤咲さんだって可愛くない?正直二人が立ってるの見た時、絵になってるなーって思っちゃたもん」

「そんなことは、ないんじゃないかな」


 急に藤咲の名前を出され俺は上手くいつもの俺と、藤咲の前での俺の切り替えが上手くいかず曖昧な返事をしてしまう。


 藤咲に対してなのか、絵のように格好がついていたことに対してなのか、俺自身釈然としない。

 そんな俺の様子がおかしかったのか、渚は小さくわらう。


「私のほうが可愛い?」

「もちろん、疑う余地もないね」

「えっへへ」

 渚は自分の顔を覆ってもじもじとしている。


 たぶん、間違ってはいないよな。


 そんな疑心暗鬼に陥りながら、俺は他愛もない会話で渚と遊助を分断し続けた。

 すると、後ろの藤咲が強引に俺の首の襟をつかんだ。


「あっ、見て!金魚すくいだって、私やってみたい!」


 息が止まりそうになって俺はもがきながらその腕を振り払う。

 本来なら、嫌味の一言でもいってやるのだが、いまはまだ「源元光」でいるため俺

は努めて怒りを抑えながら笑う。


「いいな。おごりをかけて勝負でもしてみるか」


 見れば、金魚すくいの屋台にはプラスチック製の青いたらいが三つあり、その中を沢山の金魚が閉じ込められている現実も忘れて気持ちよさげに泳いでいる。


 井の中の蛙大海を知らず。


 そんな言葉が頭をよぎると、たちまち俺の脳内にはクラスの様子が再生された。

 このたらいの中にも、俺のような主人公が、いるんだろうか。


「たらいは三つなんだし、チーム戦で行きましょ!私と光チーム、遊助と渚チームね。さ、行くわよ!」

「おい、勝手にチーム組むなよお」


 情けない声を出しながら、遊助は藤咲を追って屋台のおじいちゃんから救うためのポイをもらっている。渚の分のお代を出す男気を見せたものの、残念。その姿は渚には見られていない。

 自然と二手に分かれ、会話も二人きりで行われるようになる。


 くそっ、こんな強引に渚から引き剥がすなんて、どんだけパワープレイなんだ。そんな意を込めて藤咲を見るが、藤咲は純粋に目を輝かせてたらいの中を覗いている。


「光、あんた金魚すくいは苦手とか無いでしょうね」

「どうだろ、昔はよく姉貴にやらされてたからなぁ。もう鈍ってるかもしれないけど」

「甘えたこと言ってるとぶっ飛ばすから。私、どんな勝負事でも負けるの嫌いなの」

「それは、このデートもだよな」


 そうやって血の気の多い笑顔を浮かべながら金魚を狙う藤咲は、彼女自身が純粋に祭りを楽しんでいるようにも見える。

 自分で背中を押しといて勝手だが、もうこのまま藤咲は夢を目指して遠くまで走っていってしまうのだろう。そんな予感がして、俺はその横顔から視線を外した。


「光、私はね、誰も不幸せにならない青春をつくりたいの」

「幸せになるんじゃなくてか?俺はそっちのほうが良いと思うんだけど」


 視線の先では同じような色、同じような大きさ、同じような速度の金魚がぐるぐる泳いでいる。当の本人たちからすれば違いがあるんだろうけれど、さしずめ人間からみればすべてが切り貼りされた同一の個体にしか思えない。そして、そのどれもが気持ちよさそうだ。


「幸せとか、人によるし難しいか」


 俺が呟いたと同時、藤咲は狙いすましたようにポイを金魚へとすべらせた。

 薄い紙の上に金魚を乗せて、ポイを手繰り寄せる。紙が破れる気配はなく、すくうことに成功したように思えた。


 けれど、すんでのところですくい上げられそうだった金魚は拒むように、ポイから抜け落ちていく。


「私は自分を好きでいられるかが、幸せかどうかだと思う。でもね、そんなのは難しい。昔の自分が恥ずかしくなったり、許せなかったり。それは過去である以上、変えられないから。許すことがもしできたとして、好きにはなれないの」


 藤先はキレイに真ん中にポツリと空いた穴を覗き込む。


「だから、せめて不幸じゃない青春が良いと思うの。きっとそれが一番現実的なラインだから。みんなが自分に思うところや嫌なところがある、だけどそれが自分を嫌う理由にはならないくらいに、好きなところとか目をそらせるだけの幸せがある、それって素敵な青春じゃない?そうすることで、自分の駄目なところも、少しは好きになったりするのかもしれない」


 おじいちゃーん、おかわりくださーい!とタッタッタと屋台の店員へとかけていく藤咲。俺は一人取り残されて、まだ水面を眺めていた。


 だめだな。まだ、割り切れていないのかもしれない。俺は。


 さっきの藤咲の信念に共感、ともすれば救いみたいなものを感じた。

 だというのに、俺は今から遊助にその逆をしなければいけないのだ。


 今まさに遊助にはささやかな幸せが訪れている。それを俺が、奪うのか。


 何度目かの逡巡を振り払うように、俺はやや乱暴にポイで水を切るように掬う。金魚を取るつもりはなかった。

 それでもまるで金魚が俺の元にいることを望むように、また世界もそれを拒まないようにポイは破れず、金魚は俺の持つ器の中へと入っていった。


 それでも、俺の心は晴れない。


「あ!光、私が見てない間に掬ってるじゃない。そこまでして勝ちたいの?不正したんでしょ?怒らないから、手を上げなさい?」

「なんにもしてないよ。勝手につれたんだよ」

「え、なに自慢?わざわざ追い課金までしてポイを三つも買ってきた私への自慢?私ね、光が疎まれるのってそういうところだと思うんだけど」

「俺もそう思うよ」


 俺は、純粋に笑った。


 おじさんから水の入った袋をもらい、藤咲はその脇で一瞬にして三つのポイを無意味に消費していた。

 まったくのノーチャンス。盛り上がりどころもなく、あっけなく終わった。


 やがて俺たちからやや離れたところの遊助たちも終わったようで、賑やかに近づいてくる。


「いやー、惜しかったな!」

「全然でしょ。というか五回も挑戦するようなものじゃないよ、これ」

「面白いから良かったの!渚だって、たのしんでたじゃん」

「ま、まぁ。・・・って、光くんとったの!?すごいね」


 遊助はどこか恨めしげに俺を見る。


 あはははっ!悪いな藤咲。俺の器用さがまさか加点になるとはな。

 やはり主人公だけあって、俺はプラスポイントがもらいやすいようだ。


「ま、俺にかかればこのくらい造作もないね」

「どうせ不正よ!渚、騙されちゃダメ。私が掬うやつ追加で買いに行ってる間に取ってたんだから、きっと不正よ!」

「藤咲さんもいっぱいやったんだ・・・。というか、仲間なのに不正を主張するってどうなのさ」


 くすくすと楽しげに笑う渚と、想い人の楽しげな様子に頬を緩める遊助。

 そんな仲睦まじげな空間にちくりと胸が痛む。きっとこの痛みは、成長痛みたいなものだ。

 そう信じて俺はいつもみたいに笑っていた。

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