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遠ざかって行く背中

 駅の階段を登った先、自販機の隣の壁に俺は背を預けていた。

 今日はダブルデートの日であり、俺がこれまでと決別するために自らの手で、遊助の恋を終わらせる日でもある。


 さっきからSNSの画面をスクロールさせても、文字が滑り、頭には何一つとして入ってこない。

 緊張のあまり、俺が一番手に集合場所であるこの駅にやってきてしまったようだ。


「お待たせ」

「ン?あぁ、だいぶ待ったって——」


 俺は、藤咲を見ると言葉を失ってしまった。

 俺の目は、浴衣に身を包んだ藤咲に釘付けになる。


 浴衣は白を基調とした色合いで、様々な色の花の模様が描かれていた。全体的に奥ゆかしさを呈するデザインなため、いつもの藤咲の活発さは鳴りを潜め単なる美少女として、そこに佇んでいる。


 今日だけは敵であるはずの藤咲の姿に見惚れてしまう。当の藤咲はどこか気まずげに視線をなげている。

 なにか言って間を埋めなければ。そう思った矢先、後方で弾けるような声がした。


「あっ、光に藤咲!もう来てんのか、はやいなぁ!」

「ごめんね。もう、遊助が忘れ物するからでしょ」


 やけに上機嫌な声と、呆れたような声に、俺達は振り返る。


 遊助と渚は一緒に来たのか、と俺は少々驚いてしまう。遊助に誘うような男気があったのか。そして渚は深緑をベースにした大人っぽい浴衣に身を包んでいた。

 遊助はへにゃりとした笑顔を浮かべている。


「いやぁ。俺達家が近いんだけどさ、偶然出るタイミングが重なっちゃって」

「ごめんね二人とも。遊助のせいとは言え、待たせちゃって」

「全然。ついさっき来たところだからさ」

「・・・」


 藤咲が正面からは見えないように脇腹を殴ってくる。きっと藤咲とは言ってることが違うからだろう。

 俺はひとまず、いつもの笑みを浮かべる。


「渚も、そこで待ってあげるって優しいんだな」

「えっ、ま、まぁね。こいつが迷子になったら困るし」

「流石に地元で迷子にはならねぇよ!?母親みたいな心配すんじゃねーよ」


 俺は照れ笑いをする渚を見てほくそ笑む。

 俺の目的なあくまでもダブルデートの失敗、もっといえば渚が遊助を好きになる可能性をなくすことだ。もちろん良心が傷まないわけがないが、それくらいの荒療治でないときっと俺は『源元光』という呪いを解くことはできない。


「それじゃあ行こうか」


 俺は渚の隣に立って、いつものように微笑んだ。

 目的の神社は、駅からシャッター街を抜けた先にある。しかし最初に目指すのはその神社を過ぎた先の川を渡った向こうの土手である。

 鯉のぼりを見るためのスペースを確保しておきたいのだ。


 そこまでは適当な話題でみんなと時間を潰すように盛り上がる。

 とうとう土手へとたどり着くと、俺は用意してきていたレジャーシートを広げた。


「すげぇな光。俺全く、どこで見るとか考えてなかったわ」

「さっすが私のバディね。褒めて遣わすわ!」

「ありがとね、光くん」


 人から褒められて得意げになる反面、これくらいのことは想定して準備くらいしろよと、俺は内心毒づいてしまう。

 適当に水やら、何も入ってないバックを置いて所有権を主張する。


「なぁなぁ、早く行こうぜ!」

「ちょっとは落ち着きなさい」

「先に二人言って待っててちょうだい。ちょっと私は光に話があるから」

「なになに、告白でもすんのかよ」

「そういう子供みたいなこと言わない。わかった、先に言って待っとくから、ごゆっ

くり」


 渚は遊助を引きずるようにして、神社側へと続く橋を渡っていく。

 俺はやや気まずさのようなものを覚えていた。だって、もうダブルデートが始まった以上俺と藤咲は敵同士なんだから。


「なに、もしかして降参でも————」

「————なにか、言うことがあるんじゃないかしら」

「え?」


 やけに真剣な声音に、俺はつい眉をひそめる。


 俺が藤咲に伝え忘れていること。

 うーん、ダブルデートで対決をすることも、これまでの感謝も、俺は伝えたはずだ。ではほかに何を伝えていないだろうか。


 そんな風に考えていると、藤咲は俺へと詰め寄る。


 俺達の距離は、どちらかが一歩踏み出せば接触するくらいに狭い。

 すぐそこにある藤咲はジト目でこちらを睨んでいる。


「な!に!か!あるんじゃないのかしらね!」


 あー、なるほど。俺はひとりでに納得する。シリアスな口調だったから真面目に考えすぎたじゃないか。もしかしたらこれも、藤咲なりの気遣いなのかもしれないが。


「はいはい、浴衣が大変似合ってます」

「最っ低」


 冷ややかな視線と、ささくれだったウニみたいにチクチクとした言葉は、単純に気づかいのためのくだりにしては殺気立っている。あーこれ、単純に褒められたいだけだな。


「こっれだからヘタレは。もっと具体的に褒めなさい。ただこういう時に項目を上げすぎるとキモいから、さりげなく一つを取り上げて褒めるのよ」


 そういって藤咲はまるでカタログに乗っているモデルかのように、腕を控えめに広げる。


 うーん、とっても恥ずかしい。


 どうやら自分は意外にも奥手な人間らしい。んんっとおおきく咳払いをして気合を入れる。


「あー、全体的に白めなのがいつもの騒がしい感じとはギャップがあって、妙に大人びているのが、その、新鮮だな」

「可愛いの?可愛くないの?」

「・・・かわいいです」


 藤咲はニンマリと笑みを深くしたかと思うとくるりと背中を向けて歩き出す。

 橋まではあと二百メートルほど。


「まぁ及第点ねー、次からは自発的に言えるようにならないと。デートのときだって、言ってくれなかったし」

「あの服も、かわいかったよ」

「そ、そう?別に、今のは、言わせようとしたわけじゃないんだけどね」


 藤咲は髪を整えるようにさわる。

 橋までは残り、五十メートル。


 四十メートル。


 三十、二十・・・。


 藤咲はたたっと駆け出すと振り返って俺を見た。


「それじゃあ、こっからは本気で行くから。ダブルデート、成功させてみせるわ!」

「できるもんならやってみな。簡単に主人公になれると思うなよ」


 一歩早く、藤咲は橋の上へと駆けていく。


 最後に見せた笑顔は、清々しい快晴のよう。

 どうやら藤咲はもう、吹っ切れたようだった。

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