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灯りはもう、なくたって

 藤咲を半強制的に起立させると俺達はラウンジを出て、フードコートから離れる。初めて、俺の隣を藤咲が歩いていた。


 外に出ると、駐車場を出る車の音や家族連れの楽しげな声が薄っすらと聞こえだして、少しだけ俺達の間に流れる孤独な空気も、軽やかになった気がした。

 俺達の間に会話はない。聞こえるのは、ため息とは言い難く、吐息と言うには深すぎる藤咲の呼吸くらいで、それが聞こえる度に俺はどんな言葉をかけるべきなのか、今の自分の選択が正解なのか迷い続けた。


 するとようやく俺達は、暗闇の中に光るものを見つけた。夜闇の中にポツリと孤独にきらめているそれは、冬の冷たい海を照らす灯台のように頼もしく思えた。

 近づくにつれイルミネーションの輪郭がはっきりと見えてくる。


 そして俺は、悲鳴にも似た息を漏らす。


 それに気づいた藤咲は俯いていた顔を上げて、こちらを見た後に前を見据えた。暫時目を瞬かせたのちに、ニヤリといつもの意地悪な笑みを浮かべる。


「えぇー、ちょっとヤダご主人。これってハートマークってやつじゃない!何々、デートだからこのハートで記念写真取ろうってこと?あっはー、光ったら私よりもラブコメ脳じゃない!」

「ち、ちがう!さっきの場所から見るとハートに見えなかったんだ」


 穴があるなら入りたい。


 俺は藤咲の煽るような笑みから視線を外して唇を噛みしめる。

 さっきからぴょんぴょんと俺の周りでイジってくる藤咲が面倒でしょうがない。けれど同時に、藤咲が元気になったことにどこか安心している自分もいた。


「ま、いい運動にはなったし今日はこれで」

「なに言ってんのよ」


 藤咲は俺のすぐ前にたって、後ろ手にこちらを見上げる。

 その笑顔は、メインヒロインを志すいつもの藤咲花奈。


「記念にとるわよ。今日は最高のデートイベントだったんだから!」


 俺は藤咲に引っ張られるようにしてハート型のイルミネーションの前に置かれたベンチに座る。変に装飾されてないことだけが救いだったかもしれない。例えばベンチまでハート型になっていたりしたら、俺はもう二度とこのモールに来ることはなくなっていただろう。


 スマホを取り出した藤咲は内カメにして写る自分を見ながら、髪を直し始める。それが終わると腕を斜め前に伸ばしたり、上に伸ばしたりと忙しなく動く。


「うーん、上手に入らないわね」


 そう唸ったかと思うと、藤咲は一気にこちら側にズレ体を滑り込ます。肩がぶつかるというよりも、腕ががっつりと絡まる寸前の距離感。言葉を発する時に出る吐息が、すぐそこで感じられる。


「あっ、これなら画角的に収まるわ!」

「俺が撮ればいいのでは」

「はぁ?そんなに身長変わらないでしょ!」


 そういう藤咲はカメラをじっと見つめている。


「じゃあ、撮るわよ!イチ足すイチはー?」

「に、にー」


 パシャリ、と安っぽい音がして藤咲は満足げにやや距離を開ける。

 すっかり暑くなった俺は手で顔を扇ぐ。小学生の時以来かもしれない。あんな恥ずかしい掛け声で写真を撮るなんて。



「ひかるー」



「あ?」


 精一杯口を大きく開けた、間抜けな音で名前を呼ばれ藤咲をみる。

 パシャリ。瞬間、あまりの眩しさに目をつむる。


 呆気にとられていると、藤咲は視線をスマホへと落としては、口元をほころばせていた。最初こそ、どこか遠くの思い出を想起しているような微笑みだったが、画面をピンチアウトしたり横にスワイプしたりしている内に、陰りのない純粋な笑みへと色を変えていく。


 コロコロとその色を変えて行く様子は部室から見えるハナミズキを思い出させる。

 そんなことを思いながら、何も無い夜空を見上げる。雲が濃いのか、見える星々は

どこかひっそりとしている。


 隣の藤咲は足を伸ばして空を見上げた。藤咲の大きな瞳にはイルミネーションの明

かりが爛々と輝いている。

 淡く柔らかなイルミネーションの光は俺達を包み込み、暗闇に染まる街並みの薄ら寒い現実を忘れさせようとしているかのよう。


 そんな夢のようにぼんやりとした景色には、まどろみが許す穏やかな開放感があった。


「自分に、自信がないんでしょうね」


 初めて聞いた澄んだ声は、それが藤咲の秘め続けてきた不安なのだと俺に告げる。

いつもみたいに張りもなく、力みもない、等身大の藤咲花奈が、そこにいる。

 俺は再び空を仰いで、夜闇を見つめる。もう一度、いやもっと、その音が聞きたいと流星群が流れることを祈るように、切実に空を睨む。


「だから、何者かになりたくて。でも、それすらも見せかけのポーズなのかしらね。自信がないから必死にあがいてるふりをして悩むべき時間を潰してる。こんな子供み

たいなことをし続けるのは、本当の自分と向き合うことが怖いからなのかもね」


 儚げに微笑む藤咲の言葉には、どこか他人事とは思えないものもあった。

 大人になるということは選択によって自らの可能性を細め、ありふれた型に当てはまるように自己や無限の可能性を削り落とすことなのだと思う。それはさながら自決のようだ。


「私は、今に満足してない。変わりたいって思ってる。でも何をすべきかわからないから、まずは過去の清算をしたい。そこでようやく、少しは前に進めるかもしれないから」

「お前は、変われるよ」


 藤咲が視線で問うてきた。俺はそれを真正面から受け止めるべく首を回す。

 藤咲のどこか諦めたような眼差しと相対しながら、俺は力みをとるために一回小さく息を吐いた。


「お前はただの悩んでいるポーズかもって言ったけど、それの何が悪いんだ。実際、お前に引っ張られて、引きずられるように俺と侑夢との関係は少しだけかもしれないが、変化していってる。仮にその俺達を巻き込む原動力が背伸びや自己欺瞞だとしても、別にいいじゃないか。少なくとも、俺は感謝してる」


 最初こそどこか藤咲のことを面倒だと思ったこともあった。けれど、こうして不慣れにも藤咲を励まそうと思っているのは、他でもない俺自身が変わらされて、こいつに夢を諦めてほしくない何かがあるからに他ならない。

 藤咲はメインヒロインになれる存在だと、藤咲以上に俺が信じているのだ。


 一般的な清楚さや包容力こそないかもしれないが、周囲を巻き込んで突き進んで行く様や、それでいて俺に足りない自主性を促すようにデートを立ち回るとかといった、どこか大人びている部分は、間違いなくただ流されてここまでたどり着いただけの俺より主人公のようだ。


 であれば。俺は自虐的に笑う。


 藤咲は言った。俺達は正反対だと。その命題が正しければ、藤咲がヒロインであれば俺はモブであれるはずであり、またその逆も成り立つはずだ。

 成り立ってしまえば、チープなラブコメみたいになってしまうと苦笑してから、俺は真剣に藤咲を見る。


「決めた。俺、もっと本気で嫌われるよ」

「なんで?」


 どこか余裕なく、責めるような声音に俺は微笑む。


「俺と藤咲が正反対ならさ、俺が本当に嫌われてモブにまで自分を追いやれば、きっと藤咲ヒロインになれるんじゃないか」

「そんなのめちゃくちゃよ。ただの戯言。あなたがそれでこれまでの積み重ねを手放す理由にはなり得ないわよ」

「なるさ。藤咲のために、って思えるんだったらそれだけで、十分だ」


 藤咲が息を呑むのがわかった。

 俺は口下手だから、変な伝わり方をしただろうけど、それでも構わない。

 きっと、藤咲も、揺れている。


 手を一生懸命に伸ばせば手繰り寄せられる幸せがあると知りながら、手を伸ばさず、遊助が不幸になるのをただ眺めるというのは藤咲のメインヒロイン像からは逸脱してしまう。

 けれども同時に気づいている。もしここで藤咲の頑張りで遊助と渚に進展があろうものなら、蓮たちは俺の手柄だとして考えるだろうということを。そしてより一層、俺が忌み嫌う源元光像は強化、増長され、俺をさらに苦しめるということも。


 過去という恥部をさらけ出した友人を裏切ることと、自分の信念を突き通すこと、そのどちらをとるべきか。その狭間で、揺れているのだ。


「俺もさ、藤咲みたいに主人公に憧れてたときがあるんだ。だから今みたいなポジションになって、喜んだ時もあったんだよ。でも、俺には向いてなかった。それはきっと、俺が間違ってたせいだ。偶然から始まって、嘘で紡いでしまった物語は、しかるべき応報で結ばれるんだ」


 だから俺はそっと背中を押さなければならない。もう俺は十分に藤咲から大切なものをもらったんだから。

 俺は天に伸ばした手を、空気を潰すように握り締める。


 もう幻想なんて忘れてしまおう。


「だから、自分に正直で、嘘がつけない藤咲なら。いや、藤咲だからこそ。きっと物語以上の青春を手に入れられるって俺は信じてる。だから俺は、藤咲に託すよ」

「光・・・」


 俺はきっと、強欲だ。

 望まなくても何でも手に入った俺は、飢えを、そして順番をつけることを知らないから。


 だからきっと嫌われて初めて、あれがほしい、これがなくちゃと気付くことになるのだろう。源元光とはきっと、その程度の人間だ。

 寂寥感とか、郷愁とか。とにかく卒業式の後にふと、もう通い慣れた通学路が自分の中でただの道路へと変わってしまう事への湿っぽい名残惜しさみたいな感情を抱きながら、俺はそれを隠すように笑う。


 嘘じゃない。この笑顔だって、俺の本心だ。


「こっからは、勝負だな」

「え?」


「藤咲は自分の夢のためにも今回のダブルデートを成功させたいと思っている。そして俺は俺の夢のためにダブルデート、引いては恋愛相談を失敗したいと考えている。だからここは王道なアニメ的な展開に則って、勝負と行こう」


 そもそも、藤咲のような真っ直ぐな人間が俺の計画に付き合うなどはなから無理だとは、心の何処かでわかっていた。


 周囲に笑われても、疎まれても、蔑まれても、常に彼女は正しかった。


 俺の言葉に、藤咲は顔を上げて下唇をきつく噛みしめる。その目は真っ赤になって、今にも感情が溢れそうなほどに揺れている。

 無理にでも上げる口角は、より痛ましさを感じさせる。

 言葉を探し、感情を噛み殺そうとするその口は、冷たさで震えている。


「かつては仲間だったキャラと最後になって相対するなんて、これほどにアツい展開はないわ!しかも相手は、私がメインヒロインになる上で避けては通れない、源元光!こんなに、こんなに熱い展開は—————ッ」

「藤咲」


 泣き出そうに震える声音に、俺はつい食い気味にその名前を読んだ。

 今だけは、自分のこれまでに感謝する。自分の本心を殺して、仮面を被り続けたあの日々に。

 俺はおどけた口調で腕を組む。そして、体を翻して自分の肩越しに藤咲を見る。


「お前に俺を超えられるかな?俺は青春の主人公をずっとやってきてるんだ。一朝一夕で、俺を倒せるのかね、青二才なお前が」


 藤咲は、哀愁漂っていた表情を伏せた。

 俺は顔を正面に直して、完全に藤咲に背を向ける。

 今の藤咲の感情、迷いそして彼女の様子を知っているのは、藤咲自身とラブコメの神様くらいだ。


 乱れる呼吸の音はやがて平坦になった。丁寧に息を吸う音がした。

「やってやるわよ」


 俺は、藤咲の方を向く。

「アンタをぶっ倒してやるわよ!」


 そこには、赤く腫れた目元を拭い、いつもの勝ち気な笑みを浮かべた藤咲が。瞳の奥には、ごうごうと燃える炎が灯っている。

 それは、あの自己紹介の時にも滾らせていた、熱い思い。


 そう、それでいいんだよ、お前は。俺に同情なんかしなくて良い。


「ダブルデートは互いに全力を尽くそう。お前が完全勝利でもしない限り、俺が主人公枠から脱落することはないだろうしな」

「そうやってあぐら書いてる時点で死亡フラグみたいなもんなんですけど。正直、私のヒロイン力はぐんぐんと登っているし、あんたなんて目でもないわ!」


 互いに笑い合う。それは遊園地で見せたように、純粋な笑みだった。


「それじゃあ、宣戦布告はこれで終わり。ダブルデートが始まったら、敵同士だから」

「意外に猶予あるのかよ」


 俺的には、もうダブルデートまで会話もない!くらいの意気込みで芝居を打ったというのに。

 藤咲は勢いをつけてベンチを降りて、歩き出す。その背中は少し頼りなくて、でもついていくたくなる、そんないつもの藤咲花奈の背中。


 外は暗い。向かう先に何があるのかなんて、まったくもってわからない。


「あっ、月が出てるわ。屋根に隠れてたのね」

 楽しげにそう言って、藤咲は脱いだジャケットを俺に渡した。


「もうあったまったからあげるわ。ありがとね、一日。あと、これまでも。私がここまでこれたのは、あなたのおかげ。だからこそ、ダブルデートではアンタを超えて、師匠離れしてあげるから!」

「・・・楽しみだな」


 俺は藤咲から預けられたジャケットを持て余しながら、藤咲に倣って空を見上げ

る。そこには夜闇の遠くで、まるで目的地のようにこちらを見下ろす、欠けた月が。


 きれいな満月になるまでは、まだ時間がかかるみたいだった。


 俺達を包み込んでいたイルミネーションの明かりは、もう届かない。

 それでも藤咲はきちんと、歩むべき道を迷わずに、進んでいる。

 そんなことを思いながら、俺も一歩、前に踏み出した。

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