ようやくでありきたりな本音
そこから俺達は昼ごはんを食べたのちに、次々へと絶叫系を乗りこなしていった。
機嫌の良い藤咲が俺の静止を聞くわけもなく、俺は嫌ー嫌ーとどこかの名曲ばりに叫びながら恐怖に耐え続けた。これまでの友達と言った遊園地では「源元光のイメージ」を気にして悲鳴を堪え笑顔を貼り付けていたのだが、恐怖をそのまま大声として出力するというのはこれまた爽快だった。
次第に慣れだすと徐々にではあるが特有の非日常感のようなものを楽しむ余裕が生まれてきたのも事実だった。
最悪目を強く瞑って、手すりを強く握れば命の保証が確保されているのだとわかれば、あくまでも余興なのだと自分に言い聞かせることができた。
「さっ、最後の急降下よ!」
俺達は最後のアトラクションとなったジェットコースターのクライマックスに到達していた。一回転を二連続でしたあとに地面すれすれで大きく左右に傾くコースはこの施設の目玉らしい。
これまでとは非にならない高さに、鼓動はアラートのように高鳴り、腹の底は生命としての危険信号を腹痛という形で伝えてくる。
「ひかる」
優しい声音で名前を呼ばれ、俺は隣を見る。もう少しで頂上に到達してしまう。
どうしたのだと視線で問うと、藤咲はそっと目を細める。
「ありがと、今日は私に付き合ってくれて」
「ごめん、そんな余裕ないかも」
「あはは、そうよね」
楽しげに笑うのは、きっと俺の引きつった愛想笑いを見たからだろう。
すいません、慣れたとか威張ったこと言って。全然怖いです、これ。リスクを愉しむとか生命として著しい欠陥個体だと思います。はい。
震える拳はすがるように前方にあるバーを握っている。
すると、俺の拳はふっと包み込むような暖かさに覆われた。弾力のあるそれは、触れるもの皆安心させるような柔らかさがあった。
「ひかる」
もう一度名前を呼ばれる。
その温もりは、藤咲が伸ばした手のひらから伝わっていた。
頂点はもう眼の前。
藤咲は今日一番の破顔をして囁いた。落ちる瞬間は、俺の本能がその時を深く刻み込めと告げているかのようにスローモーションになる。
まず、藤咲の後ろ髪が滑らかに垂れた。
「手、放そっか」
「おい、やめ——」
瞬間、ジェットコースターは通常の何倍も重力を伴って滑り落ちていく。
俺の情けない絶叫は、滑走音に負けないほどに、遊園地中に響き渡った。
「ねぇごめんって。ほら、光のかわいい顔が写った写真あげるから許してよ」
「いらない。てか何枚買ったんだよ!」
「五枚ね。これがあればいくらでもあんたを揺すれるしね」
上機嫌な声音で流石に冗談だとわかるので、俺は睨む程度に意思表示を収める。
まぁ普通に頂上で俺の手を放そうとしてきた時はマジで殴ってやろうかと思ったけど。
流石に俺の生への固い執着には勝てなかったのか、あの後、藤咲は早々に手を剥がすことを諦めて、落下中を捉えるカメラに対してポーズを決めていた。
連続してシャッターが押されているため、写真にはバリエーションがあるのだが、俺が藤咲から渡されたものはまさに藤咲が俺の手を放そうとしている現場が写っいる。
見方によっては怖くて彼氏にすがっている彼女感があるのが、これまた腹立たしい。
「でもまさか、あんたが観覧車まで付き合ってくれるとはね。デート終わりの観覧車って王道のラブコメすぎて断られるかと思ってたけど」
「ここまでの過程がイレギュラーすぎたから最後くらいはな」
疲れ切った俺は深く背を持たれながら、藤咲をおちょくるように笑う。
時間はもう五時を過ぎていた。無限に広がる空を自分色に染めようとする夕日と、それに巻き込まれ自分の色を失い真っ赤になった空は、観覧車からよく見える。
高度が高くなるほど見えるアトラクションの数が増え、まるで今日の思い出がそこに顕在していくかのように感じられた。
「楽しかったな」
だからか、ついそんな気恥ずかしい言葉が喉を突いていた。
こぼれた言葉の意味を遅れて理解した俺は、焦って藤咲を見る。
するとそこにはニマニマとした笑みを浮かべている藤咲が。
「えぇー何々、観覧車のてっぺんで告白するための導入みたいな感じぃ?流石にラブコメ好きな私とは言え、王道過ぎてちょっと恥ずかしいんですけど!」
キャッキャとはしゃぐ藤咲のせいでちょっとだけ観覧車が揺れる。
俺はそれに恐怖して誤魔化すように遠くに視線を投げた。
「私も楽しかった。最高のデートだったわ、ありがとね」
瞬間、そんな感傷的な音が聞こえる。けれども俺は振り返ることはしなかった。今、自分がどんな顔をしているのかわからなかったから。
ゆったりと上昇していく観覧車の中で、特に会話はない。とても静かで、穏やかな、凪いだ水面のような時間。
まどろみの中で、今日のことを思い返す。
俺だけならきっとあらかじめ決めていたルートから逸れ無いようアトラクションパークにずっと並んでいて、特に新たな出会いもない単調なデートになっていただろう。
だけど、藤咲に連れられ、マイナーな遊園地に来て、しかも優雅で王道なデートには遠く及ばない絶叫系まみれのアトラクションの数々を乗りこなす経験は、決して悪いものではなかった。もちろん、彼女が意図していたものとは大きく異なるプランではあったのだろうけど。
強情で、強欲で、豪胆な藤咲といたからこそ、見ることができた景色だったと思う。もし、もっとこいつと一緒にいれば、変われるのかもしれない。
青春の中心にいながらも、今を変える勇気も行動力もなく、ただ焼け焦げるのをじっと待つようにスポットライト浴び続ける今の生活から、抜け出せるのかもしれない。
ふと、俺はそんなことを考えた。
最初こそ、面倒でよくわからない目標に向かう藤咲をそれなりに満足させられれば、俺達の関係は打ち止めでいいと、俺は思っていたはずだった。
けれど—
「——もう少し、居たいな」
俺は静かに、独りごちる。するとガタリと観覧車が揺れた。訝しんで藤咲を見ると、彼女は髪を忙しなく撫でている。
ジッとその様子を見ていると、藤咲は変わらず俺から顔をそらしたまま、反対側の窓から遠く上の方に視線を上げた。ややあってから、藤咲は酷く上擦った声を絞りだす。
「行きましょうか」
「はい?」
か細く震えた声。
意味がわからず、俺は素頓狂な声を上げる。
すると藤咲は今度こそ、耳の先を真っ赤にしながら俺を睨む。
「あんたがもっと私と居たいとか言い出したんでしょ!?だから別に、ご飯くらいまでならいてあげるわよ。あ、でもっ、ご飯までだから。それ以降は無理だから!」
「はぁ」
俺がいつ、まだ解散したくないだなんて言っただろうか。そんな風に回想していると、おそらく俺の独り言を勘違いしたのだと思い当たる。
俺は長い目で見たときの友好関係的な意味合いで言ったのだが、唐突にあの言葉を聞いた藤咲からすればそれはまるで解散を留めるように聞こえるわけで——。
——俺は自分がしてしまった過ちに気付くと、顔が一気に熱くなる。
だからやけに藤咲が「ご飯まで」と強調していたのもそういうことかと一人でに納得する。
「場所はバスに乗り換えたモールでいいかしら」
「あー、うん。でも大丈夫か?遅くなるだろ」
ここにきて日和ってしまった俺はなんてウブなんでしょう。
すっかり開き直った藤咲はいつのも様子に戻って、淡白に応える。
「ま、別に私は一人暮らしだし大丈夫よ。それに」
一呼吸おいて、藤咲は俺を見た。
へにゃりと目を細め、口角をだらしなくあげて笑っている。頬が朱色なのは、きっと夕日のせい。
「それに、ようやくあなたの口からやりたいことを言ってくれたんだもの。絶対に行くわよ」
「・・・ありがと」
優しすぎるその声音が、俺はこそばゆくてつい顔をそらしてしまう。その様子を見て藤咲が笑みを深くした気配がして、それもまた恥ずかしい。
すっかり観覧車は降下を始めていた。すっかり水面も近くなって、その眩しさも穏やかになっていた。王道なラブコメをなぞるはずだった遊園地デートは、もう終りを迎えているのだと俺は苦笑する。
「どうだった、苦手なことに挑戦して踏み出してみた感想は」
「まぁ、楽しかったよ。これまでも乗ったことはあったけど、今日ほど自分に正直に叫んだりしたことはなかった。きっと、皆が期待する俺でいなきゃ、だなんて思ってたら体験できないような楽しさだった。連れてきてくれて感謝しか無い」
らしくないとは思いながらも、こういう特殊な状況でしか自分が素直になれないのも知っているので俺が直情的に言葉を結ぶ。
おちょくられることも構わない。そんなつもりで言ったのだが、返ってきたのは大きなため息。
「あんたってホント優しいというか、自分大好きなのに自己評価低いっていうか」
恥ずかしげに、藤咲は頬を掻く。
「あんたがここにいるのは自分のおかげよ。確かにこの遊園地に連れてきたのは私だけど、そもそも私があなたと一緒にいるのは、私の無謀な挑戦を笑わず協力してくれる唯一の人間があなただったからよ。ほかでもない、源元光だから、私はこうやって一緒にいるの」
藤咲の言葉に、ふかくにも涙が溢れそうだった。
こいつが来るまで、俺はずっと一人の気分だった。集める視線の数が、周囲にいる人間の数が増えるほど、俺の秘める孤独感は増長していった。
そんな時に颯爽と現れて、よくわからないことを口走るこいつに、俺は惹かれて、時には大間違いを犯したかもしれないと思うこともあった。
それでも、そんな苦悩も、今となってはすべてが正しいものだと認めることができる。
そんな俺に、藤咲は顔をぐっと近づけた。
「これが、運命ってやつなのかもね」
藤咲のウィンクに、俺は顔全体が熱くなる。
ジャケットを貸したときのやり返しをされた!そうは思いながらも、俺は緊張でしどろもどろになってしまう。得意な虚言をつられることすら、今はうまくできそうにない。
そんな純情で純粋な俺を見て、藤咲はお腹を抱えて倒れるように笑う。
「あははっ、ま、私はあんたが恋人なんてゴメンだからごめんね?」
「こっちこそ御免だわ」
観覧車は、その勢いをなくしとうとう係員さんが扉を開けるために正面へとやって
きた。
「ほんと、楽しかった」
「あぁ」
扉が開くと、きっと、ある意味でいつもどおりの俺達の空気感へと戻るのだろう。
そう悟りながら、俺達はゆっくりと階段を降りていった。




