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藤咲花奈は輝いて

「ほらっ、起きて」


 俺は小さく肩が揺らされ、徐々に意識が覚醒する。

 目を開けるが視界はぼやけている。瞬きをする度にまるで解像度が更新されていくように、世界ははっきりとした輪郭を伴ってゆく。


「ついたんだからシャキッとする!」


 脳天にチョップを食らって、ようやく俺は思考が鮮明になる。

 俺をおいてバスを降りた藤咲を追いかけると、そこには遊園地特有の大きな入口がそびえ立っている。最初の遊園地よりもいくらか型落ちだとしても、やはりこういう異世界みたいな雰囲気には胸が高鳴るというものだ。


 藤咲は受付まで進んで言ってチケットを二枚買って戻ってくる。

 藤咲に倣って俺も簡単な持ち物検査をした後にゲートを潜る。


「さぁ、デートの開始よ!まずはどこから行きましょうか」


 受付で取ってきたのであろうパンフレットを興奮気味に見つめている藤咲を俺は微笑ましく思い、つい生暖かい眼差しを向けてしまう。


「じゃあこのスプラッシュコースターっての行きましょうか!」

「それ絶対濡れるよな?ご飯休憩前とかに乗るやつじゃないか?」


 カッパをかしてくれるところもあるが、それでも多少は濡れるので昼休憩前にのって、休憩中に自然乾燥を待つのが鉄則のように思うのだが。そんな不満をできるだけ視線で伝えてみるが、藤咲は俺を見るとやや考えてから納得したように手を伸ばす。


「場所がわからないわよね。着いてきなさい!」


 またしても俺は引きずられるように、藤咲に連行される。

 つれてこられたアトラクションはちょうど搭乗可能だったので、俺達はお姉さんに誘導されながら速やかに座席に座ってレバーを下ろす。

 激しく上下を繰り返したりするコースではないため、ジェットコースターが苦手な俺のような小心者でも安心らしい。とはいってもやはり、このジェットコースター特有のレバーの圧迫感はどこか俺を落ち着かない気分にさせる。


 ゴゴゴっと、呻くような重低音がしたかと思うと緩やかに車両は動き出す。最初はなだらかな直線で人工的な池の上を進んでいく。

 水面はミラーボールみたいに太陽の光を反射して、あわや目が潰れそうで俺は目を細める。


 眩しいなぁだなんて思っていると、両脇からブワッと水しぶきが湧き上がった。ぼつぼつぼつと、太い雨粒が池の水面とぶつかる音。

 一番外側の列に座っている俺は、早速びしょ濡れになる。


 降下中とか、何か盛大な前振りがあるわけでもなくあっさりと。別にいいけどさ。


 もらい事故みたいな水しぶきに面食らっていると、

「ぷっ。ククッ」

 押し殺すような吐息が聞こえる。振り向くと、藤咲はそれはもうご満悦な様子で肩を震わせている。


「あはっ、ごめんごめん。なんかさ、じみーに濡れたのが面白くって」

 くくく、と耐えずに笑う藤咲に俺はジロ目を返す。すぐにお前もずぶ濡れになってしまえ。


 前を見れば進路はようやく高度をあげるようで、勢いがついてきた車両はぐんぐんとその高さを稼ぐ。


 久しくジェットコースターに乗っていなかった俺は、この程度の高さでもかなり内心びびっていて、つい手すりを強く掴んでしまう。


「さぁ、来るわよ!」

 車両は急降下を始めた。


 濡れた頬は加速度的に叩きつける風をより明瞭に知らせ、煌めく水面は飛び込んでしまうのではないかと思うほどに迫ってくる。


 そして、ドーンと破裂音にも似た水面を叩く音、弾ける水しぶきは夕立のよう、空を舞う水しぶきは光を反射して青空に星々が煌めいた。



 遅れて全身を冷たい水が濡らす。


 車両の動きが緩慢になる頃に、俺は改めて目を開けた。やはり服はずぶずぶで、最初に乗るべきではなかったと改めて思う。

 俺はふと隣を見た。ちょうど、藤咲もこちらを振り返っていた。


 ずぶ濡れの男女が、顔を見合わす。互いに思っていたよりも濡れたことに驚いて、目を丸くしている。

 次第にその間抜けな顔がおかしくなって、徐々に何かよくわからないものが込み上げてきた。


「あははっ、ひっどい顔ね。あんた!」

「思ったよりも濡れて困ってんじゃん!」


 どちらともなく笑い合う。

 冷たく撫でる風はひんやりとしているはずなのに、体の奥はぽわぽわと暖かい、不思議な感覚。

 俺は、ようやく掴んでいた手すりを放した。


 やがて車両は最初の位置に戻ってきて、乗客たちは嬉々として感想をつぶやきながら降りてゆく。俺達もそれにならって車両を降りて、歩き出す。

 アトラクションの出口を出てしばらくしてから、藤咲は楽しげに感想を一人でに語り出す。

 そんな藤咲の背中を見つめ、俺はすぐさまその視線を下ろす。


「いやぁ、侮れないものね。でもこれだけ濡れちゃったら、当分アトラクションは無理そうね」

「・・・あぁ」

「なによ、歯切れ悪いわね」


 藤咲は足を止め、不満げな瞳を俺に向ける。そして俺はそれから逃げるように顔を逸らす。


「なに」


「いや、その。服が・・・」


 最後には消え入りそうな声量で、代わりに藤咲を指さす。

 覗き込むように藤咲を見れば、藤咲は首を傾げたその後に、視線を自分の身体へと落とす。


 瞬間、顔はゆでダコのように真っ赤になる。


 自分の胸元を隠すようなポーズを取って、一歩引いた状態で俺を見る。


「あんたって、ムッツリ?」

「ちがわい!むしろいつ言い出すべきか逡巡してた紳士だわっ!」

「はあぁ?ずっと後ろで見てたってこと?これだからぼっち志望は」

「だから違うって!」


 藤咲はあいにく小さめなサイズのシャツを着ているせいで、より肌に張り付いた感じが強調されていて、ひどく扇情的だ。

 どうするべきかを考える。流石にこういう店でグッズの服を買うのは高価すぎるだろうし、かと言って藤咲がこのまま出歩くのはちょっと嫌だ。


「あの」


 俺はまた恥ずかしくて顔を伏せて、小さく手を挙げる。

 藤咲は周囲には人がいないためか、俺よりか落ち着いた様子で顎をクイとやって続きを促す。


「ジャケット着るか?こっちも濡れてはいるんだけど、透けないからさ。ちょっと暑くるしくはあるけど」


 藤咲は不思議そうにこちらを見ている。

 じっと見られると、いつもの体外的な「源元光」っぽい仕草を藤咲にしてしまったと小っ恥ずかしさが徐々に侵食してくる。やっぱり取り消そう。


 そう思って俺は口を——

「——うん。ありがと」


 そう言って藤咲は優しく笑う。


 俺はその表情に呆気にとられるが、すぐにジャケットを脱いで藤咲にわたす。

 藤咲はそれに腕を通し終わると、まるで鏡の前で服装をチェックするように、ジャケットを開いてみたり、くるりと回って見せる。


「似合ってる?」

「え?ま、まぁ。普通にスタイルいいしな」

「ふーん、そういう事言う?」


 挑発的な笑みを浮かべる藤咲。

 俺は自分の発言の正否がわからず、苦笑する。さっきから心臓がうるさい。


 よし、と言ってジャケットの袖を折った藤咲は興奮気味にまくしたてる。


 その目には、いつもの炎が宿っていた。

「これで彼シャツの実績も同時に獲得するなんて私ってばやっぱり天然もののメインヒロインっていうか!頭脳明晰、容姿端麗、超高校生ヒロインっていうか!そんな感じよね!」


 あぁそうだ。藤咲はこういうやつだった。


 情けない一条の風が頬を撫で、火照っていた体の内側すら冷ましてくれる。

 すっかり元の様子に戻った藤咲は、らんらんらーんと気分良さげに大股で歩き出した。

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