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不人気ヒロインの作り方

 蓮以降は窓際の一番前から順に挨拶をする形式が取られた。蓮は「じゃあ俺達は二回もすんですか!もうネタ無いってー」と明らかな前フリをしていたが、結局俺達が再び挨拶をすることはなかった。

 ひとしきり全員の挨拶が終わると、阿笠先生はどこか気合を入れるように手を叩く。

「それじゃあ、みんながお待ちかねの転校生の紹介をしようと思います」

「よっ、待ってました!」

 蓮のやじを合図に、みんなが手を大きく叩く。どこか緊張感のある騒がしさのなか、阿笠先生は扉へと歩み寄る。

「それじゃあ、どうぞー」

 扉は開けられ、そこから一人の少女が入ってくる。

 真っ直ぐに前を見据えた瞳には、まるでこちらが視界に入っていないよう。

 肩ほどまでに伸びたストレートな髪はささやかに流れ、短く穿いたスカートからはぴっちりとしたスパッツが見え隠れしている。

 特筆すべきところはない、至って普通な容姿。

 その女生徒はまるで踊りのように軽やかに黒板に対してターンをすると、その動きを追うようにスカートと髪が揺れる。

 名前を書き終わると、少女は改めてこちらを向く。

「それじゃあ名前をどうぞ」

 阿笠先生の言葉に、教室の緊張は急激に高まる。

 一体どんな声音なのか、どんな雰囲気なのか。

 そんな興味津々な、熱を帯びた視線が彼女へと注がれる。

 んんっ、と彼女は小さく咳払い。

 片手は腰に。背は反らし、空いた手は平らな胸元をぽんと叩く。


「私は藤咲花奈ふじさきはな!ラブコメのメインヒロインになるために来日しました。どうぞ、みなさん恐れることなくメインヒロイン候補である私に話しかけて頂戴!」


 シン、と湿っぽい沈黙。あまりの静寂に藤咲の言葉は反射して響くようにすら感じられる。

「ぜひ一緒に素晴らしい青春をしましょう」

 そう言って、彼女はウィンクをした。

 えぇ、何この子。やばいの来たって。

 自己紹介が終わったにも関わらず、誰も拍手をしない。嫌がらせのためというよりも、呆気にとられているといった感じだ。

 そしてそんな中、当の俺は。

 どうしようもない高揚感を覚えていた。

 無味乾燥で、退屈なエンドロールみたいな学校生活。そんな最中にこれまでの文脈も空気も度外視して目の前で起きるカオス。

 初めて出会うクセの強い女子生徒、俺の力で収められるかわからない状況。そんなこれまでにはない経験に、俺は興奮していた。

 これまでの窮屈な青春から抜け出せた。そんな幻想を、一瞬でも彼女は抱かせてくれた。

 俺はこの熱を噛みしめながら、顔を上げる。

「あー、えっと・・・。藤咲さんはずっと海外で生活していたので日本での生活にはまだ不慣れなところもあると思いますから、仲良くしてあげてくださいね」

「いえ、純日本人で文化には詳しいのでお気遣いなく!」

 おめぇが気を遣えよ

 クラスの全員が顔をしかめながら藤咲を見る。それは腫れ物にどう対処すればよいのか測りかねる、そんな視線。

 しかしそれが好奇だとか興味によるものだと感じ取ったらしい藤咲はえっへんと胸を張って勝ち気に笑う。

 そして阿笠先生はさっきまでの元気良さはどこへやら。おろおろと視線を彷徨わせ、やがてその視線は俺とかち合った。

「せ、席はあの窓際の一番奥の子の隣だから!あ、あとは光くんよろしくね!」

 俺に丸投げかよ・・・。

 俺があまりの乱雑さに苦笑を浮かべていると、藤咲は教壇から降りてこちらへと歩み出る。彼女の足取りはさながらランウェイを歩くモデルのよう。

 堂々と、そして悠々とした動作はその髪、四肢の流れをスローモーションに見せる。その残像を求めるように俺達は彼女を目で追ってしまう。

 そして藤咲が俺のちょうどとなりにくると、彼女は足を止めた。

 一定の間隔で刻まれていた足音がピタリっと止んだ不気味さに、つい俺は藤咲をみつめる。

 そこにはすでにこちらを注視する藤咲の眼差しが。

「えーと、よろしく」

「・・・」

 ただじっと、俺の表情から何かを探すように、視線を注ぐ藤咲。

 その眼差しに、俺はまるで自分の奥底を探られているような気になって、つい視線をそらそうと——

「——あんたがここの主人公?よろしく」

 藤咲は頷いたかと思うと、こちらに手を伸ばす。

 握り返すべきかためらっていると、強引に俺の手をとった藤咲はブンブンと二回大きく腕を振った。満足したのか、握手が終わるとくるりと後ろを向いて俺の隣りにある、自分の席に腰を下ろす。

 まるで自分がやったことのおかしさや周囲からの視線なんてどうでもいいと言いたげに彼女はカバンからクリアファイルなり筆記用具なりを取り出して前を見据えている。

 こうしてクラス全員の自己紹介が終わると、いつも通りのHRが始まった。

 教室にはまだ、異様な緊張感の残滓が漂っている。当の元凶である藤咲は、高校生活にワクワクしているのか小さく鼻歌を歌っている。

「それじゃあ、クラス委員になりたい人はいますか?」

 まただ。

 俺は後ろから教室を見渡して落胆する。

 生徒はみな、顔を伏せるようにして知らんぷりをしている。

 なら、と俺は手を挙げる。まだこの熱が、冷めない内に。

「はい。俺でいいならやりますよ」

「いいの?」

「もちろんです」

「皆も賛成かな?」

 阿笠先生の伺うような視線に、全員が笑顔を返す。

 俺は、知っている。

 この笑顔は俺への肯定的なものでも感謝を表明するものでもなく、自分が委員長になる確率が減ったことに対する自己都合的な、唾棄すべき笑みであるということを。

 こうやって全員が他人任せだから、俺のような真面目で責任感の強い性格イケメンが損をするのだ。まったく、くたばってしまえモブ共が。

「色々とごめんね光くん。それじゃあ、立候補は他にあるかな。ないなら推薦でも——」

「「藤咲花奈」さんで」

 驚いて隣を見た。視線の先の藤咲も、こちらを見ていた。互いに間抜け面で見つめ合う。

 教室にはざわめきのようなものが広がっていく。

「えぇと、光くんの推薦でもあるし、本人も立候補したいって感じかな?息ぴったりね」

 クスクスと笑う先生に、俺は愛想笑いを浮かべる。

 俺は藤咲を巻き込んで、少しでもコイツを近くにおいておこうと思ったのだがまさか急に立候補をするとは。藤咲花奈は、どこまでも俺の想定外な振る舞いをする女子生徒だ。

「皆さん、藤咲さんに賛成ですか?」

 拍手がなる。けれどその音はわかりやすくまばらで、みんなの顔は軽く眉をひそめているように思われた。

「私は反対です。藤咲さんはまだ日が浅いですし、他の生徒のほうがいいかと」

 凛とした声が響いた。生ぬるい肯定の空気を弾圧するような、そんな覇気を纏っている。声の主は、六条美弥である。

 否定的な立場をそれらしい理由で固めるのは、さすがの女帝というか、生きる上手さを感じさせる。どうせただ、目立つ藤咲が気に食わないとか、そんな理由のくせに。

 みんなは急にでしゃばった美弥に困惑しながらも、その態度に気圧されるように押し黙る。呼吸も許さない、そんな威圧感がクラスを満たす。

「えぇー、別に一人じゃないんだから私だけのせいでみんなに迷惑をかけることなんて無いと思うけど?」

 けれども藤咲は空気を読まずに不満げな声を上げる。

 そのせいでクラスの緊張感は一層高まる。

「違うわよ、あなたのせいで光に迷惑が行くのが良くないんじゃないかって話をしてるの」

「迷惑かを決めるのは光であって、その光が私を選んだんだから異論はないでしょ」

「そ、それは光が優しいから、あんたが馴染めないのを心配して———」

「美弥ちゃん」

 美弥のあまりの言い分に、我慢の限界が来そうになったタイミングで、侑夢が静止の声をかける。

「私は、藤咲さんがいいと思うよ」

「で、でも・・・」

 普段は自己主張が控えめな侑夢だからこそ、美弥は冷静に侑夢の言葉を受け止め、尻すぼみになる。

 美弥は仲間内には優しい温情のあるやつだが、自分たちに害があると判断すると途端に攻撃的になるのが良くない。

 俺は密かにため息を付いてから、念押しの一刺しをいれる。

「先生、俺は藤咲さんが委員にならないなら、立候補を取り消します」

 クラス中が、一番のどよめきを見せる。

「あんた・・・」

「そ、それでは最終確認ですが、クラス委員長は光くんと藤咲さんで大丈夫ですか?」

 今度こそ、クラスには盛大な拍手が響く。

 それはまるで俺のご機嫌を取ろうとしているかのようでひどく耳障りだ。

 こいつらには自分がないのだろうか。常に自分が楽な方へと自己をなくして誰かの引力に流されるだけの人生。それは果たして生きていると言えるんだろうか。

 そんなことをイライラしながら考えていると、それは自分にも言えることのように思えて自罰的に笑う。

「それじゃあ光くんと藤咲さん、よろしくねー」

 間延びした先生の声を合図にHRは終わりを告げ、教室はいつものつまらない騒がしさを取り戻す。

 休み時間のときだけ、声量が大きくなるクズどもめが。

 口の中に広がる苦みを溶かすように、水を飲み干していると俺の肩が叩かれる。

 振り向くと、俺の頬には女性特有のか細い指が当たる。

「ねぇ」

「まずはその指をのけてくれない?」

「どうして私を推薦しようとしたの」

 指、のけてはくれないのね。

「俺にはよくわからないけど、メインヒロインになりたいって言ってたからさ。アニメとかだと主人公って委員長とかやってるイメージがあったから、誘ってみようかなって」

「ふーん、それだけ?」

「うん」

 ぐりぐりと変わらず俺の頬に刺さっている指先をこねくり回す藤咲。

 正直、藤咲の目標のためというよりも俺自身がこいつといると面白い事が起きるかもしれないという好奇心からだった。だからこそ、藤咲を推薦しようと声を発した時は初めて学校で挙手をしたときのような緊張と興奮で体が火照っていた。

 だけども、そんな自分勝手な動機を藤咲に開示するのは憚られた。もし藤咲が乗り気でなかったとしたら、と考えるだけで軽はずみな行動だったと反省する。

「つまんないの」

「え?」

 藤咲はそれだけ言うと廊下へと向かった。

 その背中を、通り過ぎる全員が目で追っている。それはメインヒロインに向けられるものとは正反対の、腫れ物を見る眼差し。

 僅かな時間だったけれど、クラスの全員が藤咲への印象を抱くには十分な時間。

 こいつとはなるべきか変わらない方がいいだろう。

 こうしてメインヒロイン志望の転校生は一日にして、理想とは反対の、不人気ヒロインになってしまった。

 いや、せめて負けヒロインくらいにとどまってはくれよ……。


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