ひとりぼっちの人気者
遠くでは吹奏楽のトランペットの不揃いな音、すぐそこではバスケ部のドリブルの低い。各々の青春の音が、終業式を終えた体育館裏には響いていた。
「だからさ、私と付き合ってくれないかな?」
そして、軽やかな告白の声も。
聞きなれたその言葉に、質量はない。
それでも、と俺は薄ら笑いを浮かべる。ここで不誠実と思われる態度を取れば、すぐに女子たちからの評価が覆るのだと、俺は知っているから。
「ごめん、渚。俺はまだ部活やめたばっかで、恋愛とかそういうのを考える余裕がないんだ」
「じゃあ、時間が経ったらまた聞いてくれる?あ、でも、光くんのことだし私が待ってる間に他の人とくっついちゃうなんてこともあるのかな」
めんどっくせぇー!
わかれよ、天変地異が起こっても脈なしだってわかってくれよ!
「そんなことないよ。だって本気で今の俺には恋愛する気がないからさ。別に方便を言ってるんじゃない。だからもし、時間が経ってもまだその気持ちが冷めてないなら、改めてお願いしてもいいかな。ごめんね、断ってる分際で」
「そっか。じゃあまた家に帰ったら連絡するね。来年も同じクラスだといいね!」
健気な笑みを浮かべて、その女生徒は駆けていった。
俺はその背中が見えなくなるまで、口角を釣り上げて手を振る。
そして最後には丁寧にお辞儀。
側から見てるとまるで俺は星野リゾートのスタッフだと見間違われてしまうだろう。
俺は一仕事終えて大きくため息をつく。
空を見上げればどこまでも快晴が広がっている。
俺はそんな空を睨んだ。
好意を寄せてくれる女生徒だって、親しげな友人だって、自分を頼りにしてくれる生徒だって多くいる。この学校の生徒なら誰もが羨ましがるような地位にいることを、俺はわかっている。
それでも俺は。
青春なんて、大嫌いだ。
*
俺は学校が嫌いだ。
友達と他愛もない話をするのも、一年から部活でレギュラーを務めるのも、考査で学年上位を取るのも。その全てが、嫌いだ。
その全てが、恣意的で、偽物。
けれども俺は今日も、口角を懸命に釣り上げ、目は細く長く狭めている。
「いいんじゃない?部活のマネージャーとの恋とか鉄板だし」
「だろ!?ほら、聞いたか美弥。光の言うようにマネージャーと付き合うってのは男の夢なんだよ!」
「そこまでは言ってないでしょ・・・。あのねぇ、手近な人間に手を出すと周りが迷惑したりするって言ってんのよ」
興奮気味に捲し立てるのは、まだ春だというのに腕まくりをし、趣味の筋トレで逞しくなった腕を見せつけているのは柏木蓮。どこか子犬っぽい間抜けさのある顔をしている。
そしてそんな彼をシッシとウザそうに手で払うのは、意志の強そうな猫を思わせる切れ長な瞳に、切り揃えられたショートボブが特徴な六条美弥だ。
「まぁ確かに、部活とかでこれからも接点があるのに振られちゃったりしたら、気まずいところはあるよねぇ」
のんびりとした、どちらともつかない態度で相槌を打つ空蝉侑夢は、小さく肩を上下させて笑う。
ハーフアップのために後ろで軽く結われた髪には小さなリボンが添えられていて、それさえなければどこにでもいそうな平均的な少女に見える。
皆が一年からの友人であり、俺の悩みの種でもある。
新学年のクラス替えでこの三人と離れることを願ったのだが、青春の神様はそんな俺を馬鹿にするように今年も俺達を引き合わせた。そのせいで俺の高校生活は繰り返しのようで、どこか味気ない。
俺はくだらない恋愛話から逃げるように話題を変える。
「そういえば今日って部活あるのか?」
「それがバスケ部もバレー部もねぇんだよ!職員会議だってよ。あーあ、もうずっと会議しててくんねぇかな」
「すぐに新人戦がくるんだし、自主練くらいさせてほしいけどね」
「せっかくのオフなんだから休みなよ。俺だって今日は家でゆっくりと英気を養うし」
「源元くんは帰宅部だから毎日オフだよね」
容赦ない侑夢の一言で俺たちは一斉に笑う。
そういう侑夢も俺と同じ帰宅部なのだから何もそこまでいう必要はないのに。
それに『みんなの源元光』じゃないありのままの自分に戻る、という意味ではオフという表現も、別に気取って言ったわけじゃない。
「じゃあ、まーた今日もこのメンツで帰るのか。花ねぇなー」
美弥は威嚇するような視線を蓮に向ける。
「ならあんただけ一人で帰れば?私は別に光と侑夢がいればそれでいいし」
すると蓮はバシバシと俺の肩を叩く。ガタイが無駄に良いから正直痛い。
「どうだ光、お前も俺と一緒に新しい恋を探さないか」
「ちょ、ちょっとあんたね、光に余計なこと言わないでくれる?」
「光だって、せっかくの青春なんだから恋の二つや三つしたいよなぁ?」
俺ごしにぎゃいぎゃいといつものように美弥と蓮が言い合いをはじめる。
俺は会話の主導権が二人に移ったことを認めると、ぼぅと何気なく周囲を見渡した。
するとやはり俺達は目立つのか、ちらちらとこちらの様子を伺っている生徒がたくさんいることに気づく。そして、俺と目が合うとみんなが気まずげに視線をそらす。その視線にはまるでウィンドウ越しに、手に届かない高価なブランド品を眺めるような憧憬が入り混じっている。
残念だが、俺に憎悪を向ける眼差しは、ないようだ。
もしここにいるみんなが源元光を忌み嫌い、突き放してくれたなら、こんな生きづらさもマシになるのだろうか。
そんなありえない妄想をしていると、脇腹のあたりをつつかれる。
「そういえば、今日転校生くるんだよね」
「女子?」
「まず気になるのそこなんだ・・・。たぶん、女の子じゃないかな」
侑夢はいつもと変わらない穏やかな表情で笑う。この澄んだ水面のような穏やかさは、むしろさざなみだけですべてが荒れ果ててしまうような危うさや儚さを感じさせる。
侑夢は俺へと向けていた視線をななめ下へと流す。その先は蓮が一時的に座っている机であり、俺の隣の机だ。
「それに、すごいよね。転校生が自分の隣。そして自分は窓際の席。まるでアニメの主人公みたいだよ」
「……あぁ、ホントふざけてるよな」
俺はクラス替えの掲示物は自分の名前と席の場所しか確認しないようにしていたため、一気に侑夢から新情報を伝達され、ややショートしかける。
アニメの主人公みたい、か。
俺はつい自虐的な笑みを浮かべる。
昔なら大喜びして、むしろそう言われることを目指してきたはずなのに、今となっては自分が固くきつく何かに縛られているような錯覚になる。
そんな事を考えていると、不意にチャイムが鳴る。
「あっ、ホームルームだ。可愛い子だといいね、源元くん」
「女の子はみんなかわいいけどね」
「はいはい。それじゃ、今年もよろしくね」
俺に小さく手を振って廊下側の席へ向かっていく侑夢。その背中に俺は手を振ることはできても、何か意思を言葉にすることはできなかった。
ただずっと、いつもどおりの薄気味悪い笑みを、浮かべていた。
「はーい、今年一年、みんなの担任になりました、阿笠春美です。二年生が勉強も遊びも一番重要な時期だから、みんなも悔いが残らない一年にしてください」
パチパチとみんなが盛大に拍手を送る。いや、正確には男子が喜びを爆発させた拍手をしている。
それもそのはずで、この阿笠先生は妙齢ではありながら出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディであるからだ。本人のファッションもそれを強みとして自覚しているようなものばかりなせいで、思春期の男子にはけしからんと話題だ。
それでいて性格はその口調からもわかるようにおっとりとしていて、授業ではクラスの半分の生徒を寝かしつけたという実績を持っている。
進路相談などがよりリアルになる二年で、この教師というのは間違いなくあたりである。
「それじゃあ、みんなにも自己紹介をしてもらいたいんだけど、やりたい人いますか?」
間延びするような言い方には、ややためらいや様子をうかがうような気まずさが含まれていた。こういう場では全てが生徒側の自主性に委ねられてしまうせいで、往々にして場が停滞してしまうからだろう。
事実、さっきまで先生の方を向いていた生徒ですら、顔を伏せている。
教室にはまるで罪の告白を待つような静かな緊張感が満ちていく。みなが誰か手を上げろと牽制しあい、解決を時の流れに委ねようという諦観すら感じられる。
俺はこういう無駄な時間が大嫌いだ。
そして、こんな性格だから、より理想の自分とはかけ離れてしまうと思いながらも、体が勝手に動いてしまう。
「先生。それじゃあみんなやりにくいですよ」
「そ、そうだよね。では光くんにお願いしようかな!」
「いや、もう指名される前から立ってますから・・・」
俺の席は教室の一番奥の角。ここからはまるで魚眼レンズのように、周囲が見渡せる。
俺は自主性も、当事者意識もない、凡百な生徒たちの方を向く。
みんなからの視線を一身に集めると、心が落ち着いていく。短く、太く息を吐く。
それがルーティーンとなって、勝手に記憶している角度に口角と目尻が動き、薄い笑みを浮かべる。
「俺は源元光です。一年までは水泳をやってましたが、今は帰宅部です。趣味は友人と話すことや新しいことに挑戦することです。みんなが好きなものとかについて話してくれると嬉しいです。一年間よろしくです」
少々固くなりすぎたかもしれないと思い、俺は最後に群れの中からとある一人を指差す。
「じゃあ次は柏木くんを指名します。いいですよね、先生?」
「うん、もちろん。ほら柏木くんも早く立って」
「ひ、ひでぇよ光もアガちゃんも」
わかりやすいいじられキャラの蓮がオーバーなリアクションをとることで場の空気はかなり弛緩した用に感じられた。
俺は新学期早々から一仕事終えたような疲労感に大きく背もたれに体重をかける。
遠くに聞こえるのは蓮の自己紹介と、それに伴う周囲の笑い声。それはどこかバラエティ番組の録音された笑い声みたいに聞こえて薄寒い。
俺は、何をやっているのだろう。
軽く瞳を閉じては自戒する。
結局、一番「源元光」という存在に囚われているのは、自分自身だ。変わりたいと思いながらも、自分自身はいつもと同じ選択をして、まるで変わろうという意思を感じない。
現状に不満を抱きながら、かといって明確に逸脱するための一歩を踏み出せない自分が疎ましくてしょうがない。結局は自分も凡百で平々凡々な有象無象なのだと自虐する。
何か自ら行動を起こさず周囲に流されて生きる他の生徒と、同じだ。
目を開けると、不意に視線を感じてそちらを見る。
するとその先には侑夢が。彼女は廊下側の席だからかその表情は余裕そうだ。
俺と目があったことを認めると、侑夢は小さく手をたたきながらクチパクで
「ありがとう」
と囁いていた。
俺はそれに笑って答えて、視線を外した。
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