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57:人の恋路をなんとやら

 目が点になり口を開閉させる。明美が驚くのも無理はない。善継は不在だと思っていた事、そして不在だからこそ真理の真意を聞き出そうとしていたと思っていた。

 そこに実は部屋にいました、となれば当然驚く。しかも大の大人が女子高生に拘束されているのだ。酷い絵面と言えよう。


「あー。いや、勇者に勝てる訳ありませんよね。いくら八ツ木さんでも由紀さんから逃げられませんか」


「そっ。とりあえず八ツ木さんを解凍しないとね」


 手をかざすと善継を捕らえていた氷が溶ける。身体の自由が戻るも善継は座り込んだままだ。


「さてと、八ツ木さん。話しは聞いてましたよね?」


「聞いてるよ。だけどな、その前にコーヒーくれ。さ、寒いんだよ」


 善継にとってはそれどころではなかった。冷たい氷に縛られ、すっかり冷えきってしまったのだ。唇は青白くなり身体もガタガタと震えている。


「あー明美、お願いしていい?」


「もう。本当めちゃくちゃですね」


 ため息をつきながらも、部屋の隅に設置されたコーヒーメーカーを操作。湯気が立ち昇るマグカップを善継に渡す。

 温かい。少しずつだが身体に体温が戻り思考がクリアになっていく。そして同時に胸がざわつき始める。


「んじゃあ八ツ木さん。お姉ちゃんが言っていた事、聞こえていたよね?」


 善継は無言で頷く。


「じゃあ私から質問。六年前、八ツ木さんがお姉ちゃんを助けた事は覚えている? お姉ちゃん、八ツ木さんが覚えてないって凹んでたけど」


「は? あいつ覚えてたのか?」


 由紀と明美はお互いに顔を見合わせる。特に由紀は不思議と言うより話しが噛み合っていないと首を傾げた。


「あれ、八ツ木さん覚えていたんですか? ならどうしてスターカウントにいた頃に話してなかったんですか? それがけっこーショックだったみたいなんですが」


「いや……あいつが忘れていたんだと思ってたんだ」


 申し訳なさそうに縮こまるも、それで納得するはずがない。由紀からすれば姉の長年の想いを無視されていたようなものだ。


「いやいや忘れる訳ないじゃないですか。思春期の乙女に降りかかる絶体絶命のピンチ。そこに颯爽と駆け付けるヒーロー。いやもう白馬の王子様みたいなもんですよ」


「わかります。そして八ツ木さんを追ってヒーロー業界に入り仕事を共にして……いやはや、こんなの絶対恋愛に発展しますって。そこで何で忘れてるってなるんですか!」


 二人の言い分も解る。それに救助活動から始まる色恋沙汰も、この仕事をしていれば何度も聞いていた。数年前は自分にもそんなロマンスがと期待した事もある。

 まさかこんな事が。それも八つも年下の娘から。頭に殴られたようなショックが直撃するが、善継は必死に自我を保つ。


「そう言われてもな。俺は真理が忘れてる……と言うか、記憶を封じてると思ってたんだ。ほら、危険な目に会うと自己防衛で記憶を封じるっての。そういった人は何度も見てきたから、あいつもそのタイプかなって」


「…………なるほど」


 頭が痛くなりそうだ。いや、実際頭痛が止まらない。我が姉ながらなんとも間抜けな事をぐちりたくなる。

 お互い覚えていないと勘違いをしすれ違い続けていた。コントのようであまりにも馬鹿らしい。


「で? 八ツ木さんはどうするんですか? 折角由紀さんがお膳立てしてくれたんですよ。ここは男らしく……」


「明美。ちょっと私から言わせて」


「……すみません、出過ぎましたね。一応私は部外者側ですし、引っ込んでいましょう」


 明美はそのまま一歩下がる。真理の事を思っているが、極端に言えば彼女は他人。家族である由紀が話しをつけるのが筋だろう。

 怒りとも焦りとも違う。何処か不安そうな目だった。


「八ツ木さん。お姉ちゃんの気持ちは聞きましたね」


「ああ。この場にいたのに聞こえませんでしたは無えよ」


 そんな風に聞き逃すのはラブコメ主人公くらいだ。身体は拘束されていたが耳は無事。聞こえていたに決まっている。


「さて。一応お姉ちゃんが面と向かって言った訳ではないので、知らない体でお姉ちゃんとは接してください」


「キツい事言うな。いや、知ってるとあいつも不本意だったな」


 謂わば盗み聞きのようなものだ。こんな形で想いを知られるのは善継も良く思えない。

 だが知ってしまった。

 父の為に早々に結婚したい、孫の顔を見せてあげたい。漸くそんな気持ちが芽生え、家業の伝でお見合い。そんな状況に特大の爆弾がガソリン塗れで放り投げられた。


(どうしろってんだよ)


 真理の事を異性として見た事はあるか。答えは否だ。アラサーにもなって二十歳の、普通なら女子大生の娘に色目を使うなんて。ずっとそう思っていた。

 仕事の関係では良好。ただそれだけだと思っていた……のは自分だけだった。


「で、私としてはお姉ちゃんの方からきちんと気持ちを伝えて欲しいんです」


「それで?」


 少しだけ嫌な予感がする。過剰な家族想いの由紀なら何をしでかすか。想像するのは容易い。


「八ツ木さんには……正直に自身の気持ちを伝えてください。お姉ちゃんを一人の女の子として見てくれるなら受け入れてください。仕事仲間にしか思えないのならそう伝えてください」


「…………意外だな」


 予想と違った言葉に目か点になる。


「正直、付き合えって脅されると思ったぞ」


「そりゃあ私勇者ですから。八ツ木さんを脅したり力ずくってのは簡単です。でも」


 力で、暴力で従わせるのは彼女にとって一番楽なやり方だ。

 みんなそうしてきた、勇者達はそうやってきた。暴力で、人間を超えた力で我が儘を通してきた。それを由紀もできるのにしなかった。


「そんな事をすれば、お姉ちゃんが悲しむだけです。八ツ木さんを脅して恋人にさせるなんて……お姉ちゃんだけじゃない。お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも伯父さんも軽蔑する」


 一番簡単な方法だと知っている。確実に姉の恋を成就させられるのは解ってる。だけどしない、やってはいけない。暴力に訴えたら他の勇者(あいつら)と同じになってしまう。


「だから強制はしません。八ツ木さんの意思を尊重します」


「偉いな、由紀ちゃんは」


 善継もそれを察していた。そしてこの選択を選べた彼女にホッとする。本当の意味で家族の為に立ち上がる。それが羨ましくも思えた。


「私の事はいいんです。それよりも返事は? 一応言っておきますけど、付き合ってと言われて買い物になんてラブコメ主人公みたいな事言ったら全身の間接に氷柱をぶっ刺しますからね」


 グイッと顔を寄せ睨む。答えは如何にと圧をかけてくる。

 善継の答え。それは……


「ああ。ちゃんと答える。ただ、まだ俺の中で答えが出ていない」


 まだ頭の中がぐちゃぐちゃだ。ミキサーにかけられスムージーのようになっている。

 真理に対してどんな気持ちを抱いているか、己の中で答えが出ていない。


「だから、自分の気持ちも整理してくる」


「ええ、そうしてください。八ツ木がお姉ちゃんを選んでも、犬飼さんを選んでも私は文句は言いません」


「悪いな」


 頭を掻きながらため息をつく。

 我ながら恥ずかしい話しだ。こんな寸劇、十年前なら喜んで飛び付いていたが今はどうだろうか。

 自分の心が、気持ちが見えない。ただ盲目に伴侶という()()を求めていた自分が恥ずかしかった。

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