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56:気持ちを教えて

 パァンと破裂音に似た音が部屋中に響く。由紀の頬に全力の平手打ちが直撃する。

 かに見えた。

 流石は勇者だ。真理の平手は片手で軽々と防がれていた。


「ごめん、ちょっとふざけ過ぎた。全部冗談だから安心して。流石に八ツ木さんは恋愛対象外だから」


 手を離し真理の肩を掴む。そして強引に椅子に座らせた。

 膂力の差は歴然。抵抗虚しく椅子に押し込まれてしまった。


「んで。お姉ちゃんはなんで怒ってるのかなぁ」


「うぐっ」


 由紀は先程の悪辣な笑みから反転、今度は呆れたような様子だった。

 それもそうだろう。真理の態度らあからさま過ぎる。ここまで来て何でもありませんは通用しない。


「もうさ、はっきりさせようよ。恋愛なんて個人の自由だし、お姉ちゃんも八ツ木さんも大人なんだしさ。なーんも問題無いじゃない」


「そうですよ。私や由紀さんだとアウトですが……えっと、真理さんもなんかアウト臭がしますけど大丈夫なんです。成人してるんです。今時職場恋愛なんて普通ですよ」


 二人が口々に真理の背を押し望む言葉を引き出そうとする。しかし彼女は閉じた貝のようだ。何も言わず、何もしない。

 しかしちらりと顔を上げれば笑顔ながらも威圧感たっぷりな妹。後ろの出入り口には明美。完全に八方塞がりだった。


「……二人には解らないだろうな」


 やがて重々しく口を開く。


「お姉ちゃん?」


 どこか影のある言い方だ。いや、八つ当たりのようにも聞こえる。


「あたしさ、小学校の頃にバレンタインでクラスの子にチョコ渡した事あるんだ」


「うぇ? お姉ちゃん、そんな事あったの?」


「由紀は小さかったからな。覚えてなくて当然だ」


 暗く落ち込むように机により掛かる。

 意外だった。こうした色恋沙汰に無頓着な人生かと思っていた。


「あー。もしかして、真理さんはその時こっ酷い振られ方したとか」


「大正解。キモいだの何だの言われてさ。チョコを目の前で踏み潰されたよ」


 流石に明美も引いていた。いくら子供とはいえこの仕打ちは酷い。

 当然この話しを聞いて由紀が黙っていられるはずが無い。


「お姉ちゃん。そいつなんて名前?」


「子供の頃の話しだ。由紀は手を出すな」


「でも、それがトラウマになって八ツ木さんに気持ちを伝えるのが怖いんでしょ? ……そういう事かぁ」


 納得だ。幼い頃のトラウマ。それが原因による弱気さ。やっと全て繋がった。


「お姉ちゃん、八ツ木さんに振られるのが怖いの?」


「…………」


 図星……と言えるのかは解らないが、真理は答えない。しかし彼女が黙っていれば肯定しているようなものだ。


「八ツ木さんがそんな子供じみた振り方すると思ってるの? 流石にそんな事は無いでしょ」


「でも普通に断る可能性はありますよね。仕事仲間としか思えないとか」


「明美!」


 バツが悪そうに慌てて口を閉じる。流石に今のは失言だった。

 真理もその可能性を感じてか、一気に暗く落ち込んでいく。


「だよな。あたしなんかじゃ善継の相手にならないよなぁ。歳も離れてるし、そもそも仕事の関係だし、六年前の事も覚えない」


 一言一言、言葉が溢れる度にトーンが低くなる。


「六年前?」


「あー、お姉ちゃん中学生の時に魔物に襲われた事あってさ。そこを助けてくれたのが八ツ木さんなの」


「なーるほど。それはそれはロマンチックですね。ねぇ真理さん?」


 更に追い討ちをかけるように背後から顔を近づける。少しばかり楽しそうにも見えた。

 それもそうだろう。他人の色恋沙汰なんぞ最高のご馳走だ。それも親しい間柄達なら尚更だ。


「何も恥ずかしい事はありませんよ。恋の始まり方なんて色々あります。歳の差なんて気にする程ではありませんよ。十歳くらい離れてる夫婦なんて世の中にごまんといますし」


「そうそう。てか八ツ木さんがお見合いしてるのって結婚を急かされて仕方なくでしょ? お姉ちゃんにもチャンスあるって。だからさ、素直になっちゃいなよ」


 身長差のせいか二人が見下ろすような形になる。それが真理の心を揺さぶった。それも悪い方へと。


「そうだよ……そうだよそうだよそうだよ! あたしは善継の事が好きだよ、これで満足か!?」


 我慢の限界だ。真理は仕事場である事も忘れ叫び出す。己の気持ちをさらけ出し、子供のように泣き喚く。


「拒絶されるのが怖いんだよ。あたしは二人みたいにスタイルが良かったり、明美みたいに綺麗じゃない。こんなチビに振り向く訳ないだろ」


「いや、そうとは限らないんじゃないんですか?」


「そうだよ。それにお姉ちゃんとの付き合いはそれなりにあるんだし、きっと……」


 二人の言葉は真理には届かない。いや、むしろもっと神経を逆撫でるだけだ。

 お前に何がわかる。その言葉が真理の胸を締め付けた。


「うるさいな! 鶴江さんならまだしも、何で二人にあーだこーだ言われなきゃならないんだよ!」


 うっと一瞬怯む。真理の言う通り、恋愛経験皆無かつ年下に言われるのはどうだろうか。お前に言われたくない、そう感じて当然だろう。

 その一瞬の怯みを突かれ、真理は一目散に部屋から抜け出す。


「あーあ。逃げちゃった」


「由紀さん、これやり過ぎではありませんか?」


「こんくらいやらないと進まないでしょ。それに、今回はお姉ちゃんの本音引き出すのが目的だし」


「目的?」


 由紀はおもむろに部屋の隅へと歩き出す。そしてつくえの陰に手を突っ込むと……


「そっ。八ツ木さんにも自覚してもらわないといけないからね」


 氷の枷と猿轡で拘束された善継を引きずり出した。

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