55∶わからせてわからせて
「おい明美、離せ!」
「離しません〜。逃がしたら私が由紀さんに怒られるんですから」
明美に引きずられながら抵抗するも無駄だった。彼女が年下の女子高生、と言っても体格は真理の方が劣る。その上明美は薙刀を振り回すインファイター、特別体格に優れている訳ではないが身体能力で勝てるはずがない。
無様にも拐われるしかないのだ。
「もう。そもそも真理さんが逃げるからこうなるんですよ」
「逃げてない! あたしがどうしようと勝手だろ! それにまだ仕事が……」
「そのメンタルで仕事できるんですか? はっきり言って見てられませんよ」
グサリと言葉が胸に突き刺さる。反論しようも言葉が出ない。目の下には涙の跡が残りメイクも崩れている。とてもではないが職場に出れる顔じゃなかった。
「とりあえず由紀さんもいますから。ちょっと落ち着いて話しましょうよ。八ツ木さんと喧嘩したのか知りませんけど、仕事でトラブル出さないでくださいね」
「別に喧嘩なんか……」
そうぼやいていると事務所の前へ。扉をノックせずに開けると、そこにいたのは由紀だけだった。
善継の姿は無い。椅子に座り退屈そうに由紀が回っているだけだ。
「あら? 由紀さん、八ツ木さんは?」
「ちょーっと退席してもらったよ。じゃないと話せないような中身だし」
椅子を止め真理の方に視線を移す。冷たい目だ。こんな目を姉に向けるなんて今まで無かった。
少しだけ背筋が冷たくなる。
「さてと。お姉ちゃん、お話ししよっか」
「話す事なんか無い」
「嘘つかないでよ。八ツ木さんがお見合いしてるって聞いたんでしょ? それで今朝から不機嫌なんだよね」
「うへっ、そうだったんですか?」
ピクリと真理の眉が揺れる。図星なのは明美にも解った。
「前も言ったじゃん。お姉ちゃん、八ツ木さんの事が好きなのかって。違うとか言ってた割にはめちゃくちゃショック受けてるよねー。あからさま過ぎるって。バレバレだし」
「…………」
意地悪な言い方だった。こんな風に挑発するような言葉は聞いた事が無い。
由紀の言葉が胸に刺さる。
「これで八ツ木さんのファンでしたーってのは通じないよ。お姉ちゃんさぁ、なーんでそんなにムキになるかなぁ。むしろガチ恋ファンって正直に言った方がいーんじゃない?」
それでも真理は口を開かない。明美も困ったように眉間にしわを寄せる。どうにかしようとしても、真理が動かないのなら話しは進まない。
まるで貝だ。突っついても動かない。余計に警戒し閉じこもるだけだろう。
(ふーんそんな態度でくるんだぁ。なら強硬手段を取らせてもらおうかな)
軽く深呼吸をし目を閉じる。そして再び開いた瞳は恐ろしく、獣のような鋭さがあった。
獲物を定め牙を剥く。勇者という圧倒的な存在だからだろうか、由紀が纏う空気は人間とは思えない凶悪な敵意を孕んでいる。
「んじゃあさっ、もう遠慮するの止〜めよっと」
声色が一転、甘く媚びるような浮ついた空気に変わる。コロコロと表情を変える由紀に真理だけでなく明美も不思議そうに首を傾げた。
いや。何かがおかしい。いつもの由紀とは違う。今の彼女の目にどこか見覚えがあった。そしてそれは何処となく嫌悪感を掻き立てるものだ。
「お金も持ってるしルックスも妥協点よね。あとは少しファッションいじればイケるもん。背高いしいじり甲斐があるなぁ」
再び椅子をグルグルと回転させぼやく。普段よりも幼い行動に不気味さも感じる。
「それにJKブランドが通用しないのは痛いけど、裏を返せばまともな大人って事よね。なんなら卒業しちゃえばなーんも問題無いし、責任感強いからサクッと既成事実つくっちゃおうかな」
「由紀……何言ってるの?」
嫌な予感に背筋が冷たくなる。彼女に言っている存在、その影が鮮明になっていく。
「お姉ちゃんがいらないなら私が貰っちゃおっかな」
「貰うって……」
椅子から飛び降り真理に顔を寄せる。
「善継さんをだよ。私が貰っちゃってもいーよね?」
告げられたのは衝撃的な事だった。どうして、何故と疑問に感じながらも一つだけ理解した事がある。
それは由紀の目だ。
「犬飼さんって人もさ、ちょっと痛い目に遭わせれば黙るし。ああ、なんなら力ずくでゲットする方が楽かな。いくら大人の男の人でも、勇者には勝てないでしょ」
笑っている。この笑みをよく知っていた。
一番嫌な貌。何度も嫌悪感に襲われた面。
勇者野顔だ。
「力でヤッて責任とらせるの。簡単でしょ?」
「由紀ぃ!」
血が頭に急上昇。激情のまま真理は手を振り上げ頬をひっぱたいた。




