54:すれ違いながらも
「あー…………茜さんと話たのか?」
「少しね」
何故か冷や汗が出てくる。何もやましい事は無い。なのに小さな焦燥感が胸の奥から顔を出した。
確かに真理には伝えていなかった。彼女だけ除け者にしていた罪悪感だろうか。
「お見合い再開したんだってな。言ってくれれば良かったのに」
「いやー。お前忙しいじゃん。気使わせんのも悪いって思ってさ」
「あっそ」
素っ気ない態度だ。こんなにも冷めた真理は初めて見る。
いや、それよりも苛立っているようにも見える。
「んで?」
「で? ってなんだよ」
「犬飼さんとどうなんだって。善継、結婚したいんだろ。結局お見合い……してるんだし」
語尾が少しずつ小さくなっていく。視線も泳ぎ見ているだけで不安に駆られる。
何故だろうか。申し訳ない気持ちになってくる。
「いや、まだ全然だ。お互いの事を知ってからだし。まぁ」
ふと先日の別れ際の言葉を思い出す。
今夜、一緒にいれませんか?
その言葉に頷けなかった。好意的な意味なのは理解していたが、頷いてはいけないような気がした。
「……気にしなくていいさ」
心の中がこんがらがる。頭が痛くなってきた。
「気にするって」
そして真理の言葉が更に心を乱す。ただ、乱れていたのは善継だけではなかった。
「真理? 何泣いてんだよ」
「え?」
真理は泣いていた。自覚していないのか、善継の指摘でようやく気付いたようだ。
顔を拭い涙を握る。顔を見せないよう俯きながら背を向けた。小さな背中が震えている。
かける言葉が見つからない。何を言えば良いか、何をしてやれば良いか善継は解らなかった。
「!」
「おい真理!」
言葉を交わすよりも先に真理が駆け出す。追いかけようとするも身体が動かない。
追いかけてどうする? なんて言葉をかければいい?
自分の事ですら整理できていないのに、真理をどうしろというのだろう。
走る真理。扉を開けた瞬間、人影とぶつかる。
「お姉ちゃん?」
由紀だ。その後ろには明美もいる。
しかし真理は二人の事を気にもせず走り去る。ただ一瞬、由紀の目は真理の涙を見逃さなかった。
「……明美、お姉ちゃんの確保お願い」
「私がですか?」
「うん」
恐ろしく冷たい声だ。逆らってはいけないと生物としての本能が警告する。勇者に逆らうなと恐怖すら感じるほどだ。
「お、お手柔らかにお願いしますね。誤解かもしれないので」
「解ってる」
逃げるように部屋から出て行く明美。二人きりの部屋に緊張感が走る。
額から流れる冷や汗。ヤバいと身体が告げるも、逃げれば余計に立場が悪くなる。それこそ命の危機だ。そう脳内で声が聞こえた瞬間、由紀が飛びかかる。
「!?」
動きは見えた。しかし身体が反応しきれない。
両手から伸びる炎と氷の刀。ふわりと浮かんだスカートが見えたかと思えば、善継の身体は床に叩きつけられていた。
後頭部に走る痛み、首筋に当てられる熱と冷気。視界が一転したかと思えば、目と鼻の先に瞳孔の開いた瞳で睨む由紀がいた。
体格も勝る成人男性が女子高生に押し倒され馬乗りになっている。はたから見ればご褒美だ、なんて言う人もいるだろうが善継にそんな趣味は無い。それに相手は勇者だ。命の危機の方が大きい。
「さて八ツ木さん。お姉ちゃん泣いていましたけど。言い訳くらいは聞いてあげますよ」
「待て、誤解だ。俺は何もやってないし意味が解らず困ってんだ。ただ話してただけなんだよ」
「なら何を話していたんですか? お姉ちゃんを泣かせるなんて相当な事ですよ」
うっと一瞬言葉をつまらせる。そもそもお見合いの件を黙ってろと言い出したのは由紀なのだ。知られたなんて言ったらどうなる事やら。
しかし黙っていては誤解を生む。更に命の危機だ。ここは正直に話した方が良いだろう。
「……真理のやつ、茜さんと会ったらしくてな。俺の見合いの件で話してたんだよ」
「嘘? だからお姉ちゃん朝から不機嫌だったんだ」
ふっと首筋に当てられた刃が離れる。
「最悪」
善継に乗ったままだが刀を消す。そして考え込むように頭を掻いた。
「…………八ツ木さん、お姉ちゃんが泣いてた意味、解ってますよね?」
「意味?」
「女の子がお見合い話し聞いて泣いてるんですよ。わかんないとか言ったら本気で殴りますからね。氷でコーティングした拳で」
「はぁ?」
始めは何を言っているのか解らなかった。なんせ真理は茶化しているような言い方だった。しかし真理の様子を一つずつ組み合わせていくと見えるものがあった。
「おい、まさか……。待て待て待て!」
「待ちません。それに」
善継の口を鷲掴みにし塞ぐ。冷たい手の平が息苦しい。
「答え合わせしましょうよ。私もはっきりさせたいんで」




