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9:一仕事終えて

 白い軽自動車が街中を走る。運転席に座っているのは真理だ。

 彼女は明らかに不機嫌だった。眉間にシワを寄せ目を細め、苦々しく歯ぎしりをしながら運転している。幸いな事に安全運転は心がけているようで、事故になるような危険運転をしていない。

 しかし横の助手席に座る善継は、呑気に外を眺めている余裕は無かった。


 空気が重い。


「…………真理?」


「………………フン」


 アヒルのように唇を尖らせた仏頂面。不機嫌さ全力全開な真理の対応に四苦八苦していた。

 確かに撮影に巻き込んでしまったのは申し訳ない。しかし仕事として手を抜くのは善継も許せなかった。勿論由紀の怒りを買う可能性はあるが、そこは口八丁で乗り切るしかない。


「あー、運転してもらって悪いな。本来なら俺がやるべきなのに」


「みうみうは免許無いからね。気にしてませんとも」


 どうも言葉に刺がある。耳も胸も痛い。


「まあ、あの撮影に多少なり嫌な思いをさせちまったのは悪かった。恋人でも家族でもない男に抱き付かれるのは……」


「そっちじゃない」


「?」


  真理は小さくため息をつく。


「中身はともかく身体は女の子じゃない。そこは気にしてない」


「なら何があった?」


「…………善継が無反応なのがムカつく」


 一瞬何を言っているのかわからなかった。女性の胸に抱き付くのは男として役得と言えよう。しかし仕事に邪な気持ちを持ち込むのは善継のプライドが許さないし、何より真理に対して失礼だと思っていた。どうやらこの態度が気に入らないようだ。


「いや、反応した方がセクハラじゃないか?」


「それでも女のプライドが傷つくんだよ。無関心なのもムカつくし」


 怒気を孕んだ声にしり込みしてしまう。


「どーせあたしゃ、まな板お子様ボディだよ。ふーんだ。善継だって由紀の方が良かったんでしょ。あの子でかいし」


「肯定しても否定しても、セクハラになりそうだからノーコメントで。てか俺は彼女にサーロインステーキにされそうで、どうなだめようか必死に考えてんだぞ」


「ざまーみろ。ウェルダンのサイコロステーキにされないようになー」


 なんて恐ろしい事を言うのだろうか。想像するだけで背筋に悪寒が走る。


「頼むから機嫌直して説得を手伝ってくれ。後で奢るからさぁ」


 我ながら情けない言葉だ。それなのに可愛い少女の声なせいか妙に庇護欲を沸かせる。

 真理は数秒考えるように口を閉ざす。


「……じゃあ、ドレス選ぶの手伝ってよ」


「ドレス? なんでそんなもんを?」


「兄貴の結婚式に着てくやつだよ。レンタルだけど、何着るか決まってなくて」


「ああ、大和君達の」


 彼女の兄、黒井大和が結婚すると聞いた事を思い出す。当人とも会った事がある。

 結婚式に着ていくドレスが決まっていない。成る程と納得し頷く。


「俺なんかの意見が参考になるのか? あんまセンス無いぞ」


「第三者視点での意見が聞きたいの。由紀に聞くと何でも似合うって言い兼ねんからな」


「それもそうだな。っと、そういやもう籍は入れたのか?」


「まだ。式の後に入籍するんだって」


「へぇ。式はいつだ?」


 信号が赤になり停車する。


「秋かな。ああ、そういや親族だけの小さな式にする予定だ」


「親族だけか。まあ良いんじゃないか? 会社の人とか大勢呼ぶのも大変だし」


「…………それもあるけど、由紀の事もあるんだ」


 車が再び動き出す。納得するように出たため息はエンジン音に掻き消されてしまった。


「成る程な。身内に勇者がいりゃいろいろとモメるな」


「嫌悪するか取り入ろうとするか。兄貴の会社の人にどんな人がいるかもわからないからな。ただでさえ最近は奴隷勇者問題で、勇者だけでなくあたしら勇者候補、ヒーローと婚姻を忌避する人がいるんだし」


「結婚して生まれた子供が奴隷にされるのは御免だろうし。世知辛くなったもんだ」


 精霊と親和性のある勇者、及び勇者候補は基本的に血縁により発現する。由紀と真理、善継と美海、兄弟姉妹だけでなく親子で勇者候補であるのも珍しくない。

 となれば、勇者候補を奴隷魔法を混ぜて召還する異世界人に家族を奪われる、そう考える人も少なくはないだろう。


「幸い由紀に関しては、あの子の活躍で鶴美さんのご家族に信頼してもらえた。ただ、あまりおおっぴらにするのも問題だから家族式にしたんだ」


「二人が納得してるなら、部外者の俺は何も言わないさ。祝電の一つくらいは送るよ」


「ありがと」


 話が一区切りついたタイミングを狙ったかのように善継のスマホが鳴る。電話だ。


「ん? この時間だと会社か……」


 画面を見れば黒井由紀の四文字。


「我らの勇者様だ。業務報告の電話だろうな」


「早いな。もう片付いたんだ」


「頼もしいじゃないか。さて、もしもし?」


 通話を繋げるも一瞬何も聴こえない。そして驚くような声が出てきた。


「ほ、本当にみうみうのままなんですね……」


「本当なんだなこれが。残念な事に戻れなくてしっちゃかめっちゃかだ」


「アハハハ……。そ、そうだ。報告しますね」


 咳払いをし声色が変わる。仕事用の真剣なものだ。


「魔王の討伐完了しました。城の損傷も最小限、ワールドファンキーの皆さんの負傷も想定以下です」


「そいつは良かった。お疲れ様。予定より長くなったけど地球の平和が守れたのなら重畳だ」


「私としては授業に遅れちゃうのが痛いです。はぁ、お姉ちゃんに勉強教えてもらわないと………っと、そうだった。もう一つ報告があるんです」


 由紀の声に焦りが見える。彼女がこんな声を出すなんて相当な事だろうと善継にも緊張が走る。


「実は、奴隷勇者を保護したんです」


 それは善継の予想を大きく上回る報告だった。

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