6:子供服
来た、と嬉しそうに頬が緩む。こんな肌着一枚の生活ともおさらばだ。
玄関に向う足取りも軽く、階段を降りる足音も軽快だ。古ぼけた引戸の玄関、その曇りガラスの先にいる小さな人影。無造作に伸びた髪でわかる、真理だ。
「おはよ。待っていたぞ」
「ああ、おは……」
玄関を開けた瞬間、リュックを背負った真理の顔が強張る。目が点になり善継も釣られて時間が停止した。
「な、な……」
「?」
「なんて格好してんだお前は!!!」
耳をつんざくような叫びが朝の静かな街を揺るがし響く。耳が痛くなるような声に一瞬怯むも、首を振り真理の口を押える。
「近所迷惑だろ。いきなり何なんだ」
「善継の格好がヤバいって自覚あるのか? お前は今、女の子なんだぞ」
手を振り払い額を小突く。そして頭のてっぺんからつま先までジロジロと視線が動く。職業柄見られる事に慣れてはいるが、今までのモノとは何かが違う。
「とにかく家に入るぞ。ほら。おじゃまします」
真理に押し込まれるような形で家に入り二人は二階の善継の部屋に急ぐ。意外と小綺麗に片付けられた部屋だ。ただベッドは先程まで寝ていたせいか少し散らばっている。
そんな事もお構いなしに善継は正座させられ、鬼のような形相で真理に見下されていた。
「善継ぅ。お前自分を客観的に見たのか? ロリコンホイホイなんてもんじゃ生ぬるいぞ」
「そうは言ってもさ、着れるもんがこれくらいしかなかったんだって」
「だからって肌着一枚は無いだろ! なんかちょっと透けてるし、いろいろ見えそうだろうが!」
「このくらい普通だろ。姉さんなんか下着で家ん中うろついてたぞ」
顔をぐしゃぐしゃにしながら呆れ、数秒かかる長いため息をつく。疲れはてたように肩を落とし項垂れた。
どうやら真理にとって信じられない事のようだ。
「お前んちどうなんてんの? あたしでも兄貴の前で下着姿でうろつくなんて絶ッ対に無理なんだけど。つーか善継も何も感じないの?」
「周りは羨ましがってたけどさ、流石に血の繋がった家族の半裸見て欲情するような男じゃないっての」
「あーもう。八ツ木家は全員、意識しなさ過ぎるタイプか」
真理がイライラするのもわからなくはない。流石に善継も自身のがさつさ、女性になってしまった無自覚さに反省する。
確かに今の状況はいろいろアウトだ。少し考えるだけでどれだけはしたない格好をしているのか自覚してしまう。
「ま、まあ俺も軽率だった。とりあえずこのままなのも問題だからさ、服貸してくれ」
「……そうだな。着替えるのが先だった。ほら」
背負っていたリュックを手渡す。中身は衣類なだけあって見た目以上に軽かった。
「だいたい三日分だ。洗濯して使い回してくれ。あとリュックは伯父さんの私物だから返せよ」
「服は?」
「着なくなったやつだから棄てていいって。変な事に使うなよ?」
「使うか! 俺を何だと思ってんだよ」
リュックを開け中に手を突っ込む。適当に触れた物を引っ張り出すと善継の顔が曇った。
予想はしていた。今の身体の事を考えればあり得る。だが自分の本質、男である事が強く拒否反応を示してしまう。
「スカート、か」
緑色のスカートだ。ヒラヒラとした布地、日本では女性の衣類と認知されている。流石にこれを履くのは抵抗感があった。
「何言ってるんだ。スコットランドだと男でもスカート履くぞ。それに、みうみうの魔法少女コスなんかもっと短くてきわどいじゃないか」
「あれは戦闘中だから気にならないんだよ。普段だと意識が別のとこに向くからな」
他に何かないかと口を大きく開く。借りた分際で失礼なのは解っているが、ズボンの一着くらいは気をきかせてくれと祈る。
「見た目は自然だけど、実際はアラサー男が女児服を漁っているのか。字面はヤベーな。通報案件だ」
「うるせー。とにかく借りるぞ。着替えるついでに頭もどーにかしないと」
「いってらっしゃい」
軽く手を振りながら善継を見送る。リュックを背負う姿は妙に似合っていたが口にはしなかった。
扉が閉じられると真理はおもむろに部屋の中を見回す。この家には来た事はあるが、前回はリビングのみ。善継の部屋に入るのは初めてだ。
(そういや兄貴以外の男の部屋って初めてだな)
なんとなく落ち着かない。かといってこのまま座って待っているのも暇だ。
真理の視線がベッドへと向かう。
「ベッドの下のエロ本!」
滑り込むようにベッドの下を覗くが何も無い。数秒考えこむもため息をつき起き上がる。
(いや、中学生か。いい歳した大人がそんな事する訳ないか)
我ながら下らない事をしたなと反省。次は本棚の方を見る。
棚の半分は漫画だ。少し昔の少年漫画ばかりで、兄の部屋で見た漫画もちらほらと見られる。そして残りは魔物の本、そして……
「ヒーロー雑誌か」
本を取ると表紙には姫騎士のようなコスチュームの女性ヒーローが大々と写っている。
(仕事柄、こういった本はあって当たり前か。ん?)
本棚の隙間から紙が見える。取ってみると、それは小さなアルバムだ。中を見てみると写真ばかり。どうやら高校の修学旅行のもののようだ。
「データーを印刷したものか? 昔なだけあって画質が粗いな……っと」
一枚の写真が目に止まる。少年の腕に組み付き寄り掛かる少女、端から見れば仲睦まじいカップルの写真だ。しかしこれは違う。
少年は善継だ。そして彼と写る少女は、知っている姿よりも成長しているが間違いない。彼の姉、八ツ木美海だろう。




