4:親子の再開(偽)
街の片隅に建つ小さな酒屋。古いこの店の前に場違いじみた高級リムジンが停まっている。中には三つの人影。善継と明美が後部座席に、運転席には青山だ。
「悪いな柳原、ダンディ。送ってもらって」
「いえいえ」
「流石にこの身体じゃバイクに乗れないからな。服のせいで電車にも乗れん」
ガックリと肩を落とし深いため息をついた。
善継の元々の身長は百八十はある。しかし今は百三十ちょいだ。約五十センチの身長差のせいで、バイクに跨がるのも難しく足も着かない。更に今の服装はどう見ても不審者だ。何かしらの犯罪に巻き込まれた被害者にも見える。
仕方なく明美の提案に乗り送迎お頼んだのだが、いざ自宅の前に到着すると尻込みしてしまう。亡くなった姉の顔でどう父に会えば良いのか、考えるだけで頭が痛くなる。
「…………」
「八ツ木さん?」
「ああ、悪い」
このまま車の中で燻っていても意味は無い。ためらいながらもドアに手をかける。
「スパイダー」
善継の気持ちを察してか、いつもより穏やかな口調だ。
「私どもには貴方の気持ちを完全には理解できません。そしてご家族の事もです。当人が面と向かってお話しするしかありませんよ」
「……そうだな。怖じけている方が格好悪いし」
ドアを開け裾を引きずりながら外に出る。
「んじゃ、お疲れ様。柳原、しばらく頼むぞ」
「はい、お疲れ様です」
丈の余った袖を振りながらリムジンが走り去るのを見送り、大きく深呼吸をし家を見上げる。
見慣れた古臭い汚れた看板。片隅に積まれた空のビール瓶。この視点で自宅を見るのは何年ぶりだろうか。子供の頃、学校から二人で下校し出迎えてくれた酒屋。時が経過し古くなっても同じ景色なのを思い出す。身体が縮んだからか、柄にもなく感傷的になっている。
このままではいけないと頬を叩き、自動ドアの前に進んだ。
「いらっしゃ……」
レジに立っている頭髪の後退した初老の男性がこちらに振り向く。すると時間が停止したかのように彼は口を開けたまま硬直した。
善継の父、善隆の瞳には驚愕の二文字。それもそのはず。亡くなったはずの娘、その幼い頃の姿をした少女が現れたのだ。驚かないはずが無い。
「…………ただいま」
ブカブカで引きずるスーツ姿の善継が苦笑いで見上げる。
テーブルに置かれるカップ。湯気を上らせた黒い液体、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。
善継はジャケットを脱ぎシャツの袖を捲りカップを取り、そっと一口飲む。いつも飲んでいる安物のコーヒーだ。
「精霊癒着か。面倒な事になったみたいだな」
「精霊の回復状況で前後するが、一週間くらいこのままらしい。魔物狩りも他のメンバーに任せて俺は引っ込んでなきゃならん」
「仕事はどうするんだ? 流石に今の善継を店に立たせる訳にはいかんぞ」
「営業やる。こっちの姿でやる仕事が立て込んでるっぽいんだ」
頬杖をつきため息。
「今まで緊急時にしか使ってなかったからな。気は進まないけど、仕事していた方が気が紛れるしやる事が無くなる。それに……」
ちらりと父の方に視線を向ける。
「あんま、家にいない方がいいだろ。親父も見たくないだろうし。なんなら治るまでビジネスホテルにでも……」
声が小さくなる。善継と同じ、きっと複雑な気持ちなのだろう。あまり見せない方が良いと思っていた。
しかし善隆は鼻で笑い身を乗り出す。そして指先を善継の額に添え。
「馬鹿野郎」
「痛っ」
デコピンをお見舞いした。痛い。ヒリヒリする額を押さえ目を白黒させる。
「何すんだよ!」
「お前はいちいち考え過ぎるんだよ。お前は善継なんだろ」
ビシっと人差し指を突きつける。
「美海のやつは甘党だからな。ブラックは飲まないし左利きだ」
「…………そうだったな」
「どーせその顔もヒーローの格好みたいな被り物だろ? 割り切っているさ」
「そっか」
考え過ぎだった。いや、勝手に心配していただけだ。
それ以上に善継自身がこの姿に神経質になっていたのだろう。
「戻れなくなったなんて美海が聞いたら、爆笑してたろうな。墓に行って見せてやれよ」
「だろうな。きっと着せ替え人形とかにされてたよ」
笑いが止まらない。彼女がいたらどんな反応をするのだろうか、考えただけで胸が熱くなる。
だが談笑しているだけでは終われない。まだ善継にはやる事があった。
「そういや子供の頃の服ってなかったっけ? 体格差があり過ぎてまともに着れないんだ」
「ある訳ないだろ。着れなくなった服なんぞ、とっくの昔に近所にあげちまっただろうが」
「やっぱりか……。ならどっかから借りられないかな?」
そう言う善継に善隆は大きくため息をつく。どこか呆れているようだ。
「そんな親しい人いないだろ。そもそもお前がまーだ独身だから、子持ちの家庭との繋がりがねーんだろうが」
「別に俺だけのせいじゃないだろ」
「何言ってんだ。俺は二十六に結婚したし、お前の歳には二人とも生まれてたんだぞ。さっさと孫を抱かせろ孫を」
こうなると口が止まらない。善継も面倒そうにため息をつく。
「つーか善継の職場は女っ気が多いだろ。誰かいないのか?」
「全員年下! しかも二人は高校生だぞ。手を出したら俺が捕まるっての!」
「なんて情けない。タマついてんのか?」
「奇遇な事に今はついてねーよ。いいか、俺は結婚する気無いんだって何度も言ってるだろ!」
「んだとこの親不孝者が! 向かい側の田中んとこなんかな、三人目だって自慢してんだぞ。羨ましいじゃねーか!」
二人の声が荒ぶるその時、親子喧嘩の間に割り込むように善継のスマホが鳴り出した。




