46:オブシディアンリッパー
顔の右半分が百足の身体に隠れ、露出した左目がじっと見上げる。
頭から上半身に纏わりつく脚。マフラーのようになびく黒いガラス状の甲殻。翅を失い機動力は落ちてしまったが、元々走る方が慣れている。
散開した明美と青山が回り込み、空からは真理が狙いを定める。一瞬の静寂。お互いに睨み合い緊張感に満たされていた。
「!」
背から触手を伸ばしファランクスが先手を取る。体内から掘り出すように、先端がマシンガンとなった二本の触手が善継達に狙いを定める。
だが遅い。
「撃たせないっての」
銃を生成し構えるに比べ、真理は狙い撃つのみ。彼女の方が一手速い。撃たせはしない、その一心で向けられた銃口は全くブレていない。
真理に苛立ち眼球が一斉に上空へと動く。人間によく似た眼球の集合体が生理的嫌悪感を掻き立てる。
「真理さんに手出しはさせません!」
蔦が脚に絡み付く。こっちを見ろ、お前の敵は私達だ。そう叫ぶように攻めの手を止めない。
当然それは善継と青山も同じ。それぞれ左右から回り込むように走り、善継は蜘蛛の巣型のカッターを、青山は水弾を同時に放った。明美に気を取られた一瞬の隙。そこを狙い比較的脆い眼球を狙う。
大当たり。深々と突き刺さる刃、眼球を撃ち抜く水。赤い血が吹き出しよろける。だが規格外の生命力が傷口を塞ぎ体制を立て直す。
追撃だと迫る二人。攻撃力から善継を優先すべき脅威と認定。腹部のガトリング砲が火を吹いた。
咄嗟にマフラーを盾にする。百足が渦を巻き弾丸の雨を防ぐも、当たる度に亀裂が入り破片が散らばる。脆い。名前通り黒曜石なのだろう。装甲にするには心伴い。
「悪いな。割れた黒曜石てのはな、大昔は刃物に使われてたんだぜ!」
腕を振るうと破片が浮かび上がる。一つ一つは小さな虫のように飛び、善継の合図と同時に一斉に襲いかかった。
つい先程の光景が逆再生されているようだ。ちいさな黒曜石の破片、鋭いナイフの大群が叩きつけられる。
無数のナイフが甲殻を傷つけ、破片は意思を持つように善継の方へと集まる。百足の身体へと張り付き修復。再び傷一つない黒い甲殻が艶やかに光を反射する。
恐れ。この巨大な蜂の怪物の目にほんの少しの恐怖が色づく。これを排除せねばならない。この敵を倒さねばならない。そう言っているようだった。
一撃で片付けようと脚を上げる。それを三人は待っていた。
「青山!」
『チャージ!』
「ハッ!」
薙刀の先端から甘い香りが溢れる。吹き出す蜜は瞬時に硬化し、琥珀色に輝く大太刀へと変貌した。
『必殺天誅!』
ギアを叩き柄を強く握る。大きく振りかぶり前脚の関節に叩きつける。
硬く金属音に似た音が響く。両断するには力が足りなかった。刃は食い込むも脚の半分しか届いていない。
狙いが変わる。僅かながらも手傷を負わせた敵へと。
しかしこれで止まりはしない。彼女は一人ではないのだ。
「貰った!」
『Finish!』
飛び出す青山。レバーを回し力を足に込める。水が渦巻き右足へ収束。激流に乗り一直線に刀身の峰を蹴り抜く。
これが決定打となった。刃が更に押し込まれ肉を断ち切る。左前足が崩れ落ち、傷口から黒い塵を撒き散らしながら消失していく。
六本の内の一本、それでも大きなダメージだ。
「次はこっちだ。逃げるなよ!」
善継が駆け出しレバーを二回まわす。
『Arms』
マフラーの側面にびっしりと生えた脚、無数の刃が怪しく輝く。クロスギアを叩くと右腕に沿うように伸びた。
「ぶった斬れ」
『オブシディアンフィニッシュ!』
それは百足の姿をした鋸だ。脚の一つ一つが甲殻を削り、噛みつくように、喰らうように刃が沈む。長い身体を滑らせ脚を強引に切り裂く。
一本、脚が切り落とされもう一本に喰らい付いた。勢いは止まらない。
「まだまだぁ!」
腕が痺れる。身体が重い。それでも止まらない。全力だ。加減も不要、徹底的に叩く。
二本目の脚も両断。合計三本も脚を切られてはこの巨体を支えきれない。耐えようとするも真理が放った酸に押されるように倒れ付した。
「とどめだ」
『All』
レバーを三回回しギアを叩く。マフラーの先端、もう一つの頭が触角を揺らし大顎を開いた。
背にはワイヤーで編んだ八本の脚が展開。伸びた脚が巨大な頭を左右から突き立てる。
『撃滅! オブシディアン! ファイナルスピリット!』
「頭の中身、引きずり出してやらぁ!」
固定され動けない額に大顎を突き刺す。黒曜石の百足は貪り喰らい奥へと進む。脚が削り顎が食いちぎる。その進む先にいる敵目掛け猛進していくのが伝わる。
狙いは一つ。この巨大蜂の中に入り、こんな化け物へといじくった張本人だ。
「捕まえ……たぞ!」
顎が何かに噛みつき腕ごと引っ張り出す。血管のような管で繋がった醜い胎児と頭を食われた痩せ細った男が姿を現す。ファランクス。二号の言っていた最新型のアディクショナーだ。
捕まえた異形を地面に叩きつける。意識が無いのか痛がる素振りすら見せず地面に倒れてしまう。
「終わりだ。俺達を甘く見るなよ」




