Code3
「また、お会いしましたね」
サラはカイルの姿を見ると、にっこりと笑った。前みたいに逃がしはしないと、服をしっかりとつかんでくる。少しお茶会に付き合ってくださらない? さぁ、どうぞ車の中へと案内をされる。
「もし、僕が危ない人だったりしたら、どうするおつもりだったのですか? サラ・ユーベルト公爵令嬢様」
サラに喋りましたわ、と驚かれた。いい声をしているじゃないと、背筋がゾクゾクする。あるのは間違いなく快楽だった。
少年を手に入れられたら、どれだけよいだろう。どう手なずけていくべきかと考える。心の中で算段を立てていく。
これなら、レインの期待にも答えられる。何も言われない。手駒として使うには、役に立ちそうな人物でもあった。
「私の名前を知っていてくれて光栄ですわ。<キサラギ>さん?」
あえて名前を出して様子を伺う。しかし、サラが見た瞳は何も映していなかった。感情を殺して生きるしかなかったのだと――サラから見てそう思った。
――安心なさって。
――これからは、私が愛情を教えてあげますわ。
「その噂に何の根拠が?」
「そうですわね」
――ふふ……ゼインさん。
――これぐらいで、へこたれる私ではないと証明をしてみせますわ。
まぁ、よしとしましょうと、頬に手を添える。さすがは、公爵令嬢である。見た目によらず、仕草も優雅で上品だった。
「僕はゼイン。ゼイン・ラードエル」
ゼインさんですか? 強そうな名前ですね、今日はよく喋りますわ、と笑う。調べたとは言わず、あえて知らないふりをする。そうすれば、相手の隙に入り込める。
サラのペースに持ち込める。
「ご家族は?」
「ご想像にお任せします」
被っている仮面を外してやりたくて、うずうずする。教育をすれば自分好みの男になるはずだ。まだ、時間はある。
そうですわ、家庭科でクッキーを焼きましたの、どうぞと差し出す。
――残念ですわ。
――せっかく、おいしく焼けましたのに。
受け取る気配がないと、理解すると鞄にしまった。
「ねぇ、ゼインさん。私の婚約者になってもらえませんか?」
サラの言葉は唐突だった。
「婚約者?」
「正確には婚約者のふりです。お父様が跡継ぎを作れと煩くて」
一に早く結婚をしろ。
二に跡継ぎをつくれ。
三に女性らしくしろ。
もう、聞き飽きていた。
小さい頃からお見合いばかりで限界だった。早くしろとせかされて、うんざりしていますの、と吐き捨てる。
それに、あなたの女避けにもなりますし、悪い条件ではないでしょう? と言いながら、紅茶を一口含む。
「僕でいいのか?」
「あなたがよいのです」
そうそう、これを見てくださる? とサラは一枚の書類をペラリと差し出した。
契約書
社交界では仮面でもいいから、婚約者のふりを演じること。
名前で呼ぶこと。
ご飯は一緒に食べられる時は食べること。
私と同じ学校に転校してくること。
「では、早速私をサラと呼んでみてくださる?」
「サラ、さん」
歓喜で心が震える。
まぁ、どうしましょう? と白い頬が赤く染まった。照れているのだ。
『サラさん』
名前を呼ばれただけで、サラにとってその破壊力はとてつもなく大きなものだった。記念に録音しておけばよかったと思う。
それだけが、悔やまれる。
「では。私も。ゼインさん。これからよろしくお願いいたします」
頬をほんのり染めたまま、無邪気に笑って見せた。




