ついに割れた! 犯人の正体は……?
犯罪のばれるのはいつも意外なところからと相場が決まっております。
「戸村、きみ学校でなんかあったんじゃないのか? こないだからどうも、顔色が悪くて気にしてたんだけど……」
えらいミスをしてしまった、という後悔がよほど強く顔に出ていたのだろうか。ラジオKINKIに入ってから二回目の本番前、こちらの顔をのぞきこみ、日下先輩がこわごわ尋ねてきた。これでは今更隠し立ても意味がないと正直に事情を打ち明けると、近江先輩ともども、そいつは災難だったねえ、という温かい言葉が返ってきた。
「すまんなあ、どうも過剰にプレッシャーをかけちまったらしい。なあに、どうせウチの学生なんだし、否が応でもどっかで鉢合わせるだろうよ。待つのもアクションのうちさ、気長に行こうぜ……」
「だいたい日下、お前が大上段にあんなことを言うからいけないんだ。場慣れしてる他の人はいいけど、一回生の戸村さんには酷だったよ、ありゃあ……」
イヤホンをはめたまま台本を見ていた近江先輩にたしなめられ、日下先輩は宙で、猿真似の「反省」のポーズを決める。ちょっと猿っぽい顔をしていたのがおかしくて、憂鬱もいくらか吹き飛んでしまった。
おかげで元気も取り戻し、あと十数分で本番スタート、と迫ったころだった。マイクの隣に置いてあったスマホに、インスタグラムの通知が出てきた。いつもなら邪魔っけなそれをさっさと指ではじいてしまうところなのだが、
「あれっ」
ずっと前に交換したあかりのアカウントの投稿であることに気付き、すぐさま手が伸びる。するとそこには、願ってもない代物が写っていた――。
「せ、先輩! これです、このバイクです……」
急に声を上げたせいで、絶賛煙草休憩中だった二人はひどくむせかえってしまった。落ち着いたところで改めて見せたのは、あかりのアカウントで投稿された、ゴテゴテとハッシュタグのついた二人乗りのデートの様子だった。ナンバーや相手の顔こそぼんやりと修正されているが、間違いなくそこには蔵前くんのバイクがありあり写っている。
「こいつかあ、例のバイクは……」
スマホを受け取り、複数貼られた画像を日下先輩はザッピングする。と、最後の方になっていきなり、スピーカーから盛大な爆音が飛び上がった。
見ればそれは、あかりが彼氏の後ろに座って撮ったらしい、バイク上からとらえた京都市内の風景だった。
「けーっ、こいつBMWじゃねえか。蔵前っての、どっかのボンボンなんじゃないか?」
「そんな感じでしたねぇ。でも、これはシロなんじゃないですかね? あれからずいぶん経つし、そろそろ犯人も目星ついてる頃なんじゃ……」
任務を果たした気楽さからそんなことを言うと、いやあ、わからんよ、と日下先輩は真面目な調子で返答してきた。
「この前それとなくクギチョウに話振ってみたんだが、まだ犯人はわからずじまいらしい。ひかれたじいさんもだいぶ回復してきたようだけど、あっという間の出来事で、相手の様子も全然わからないと来た。それなりにいる目撃者も、あっけにとられたせいかみ~んな言ってることがバラバラ。記憶なんてアテにならんもんだよ」
「アテになるのは、あの日エアモニに残ったバイクの音だけかあ……」
近江先輩が頬杖をついたまま呟くと、不気味な静けさがその場を支配した。普段微塵も意識をしなかった、目覚まし時計の秒針の音がやたらに大きく響く。
「あっ!」
静寂をうち破ったのは、日下先輩の唸るような一声だった。真新しいハイライトへ火をつけながら首筋を掻くと、
「――一丁やってみるか?」
「やるって、何を……?」
「ほれ、いつだかお試しでもらったソフト、まだ手付かずだったろ。ひと月は無料で使えたはずだし、どうせタダなら有効活用してやろうよ」
「やれやれ、ウチもとうとうやることが科捜研じみてきたなあ」
いったい何のことだかわからず戸惑っていると、それを察して近江先輩がこちらへ向き直った。
「日下のやつ、この前拾ったバイクの音といけ好かないBMW乗りのバイクが同じものかを照合してみよう、ってハラらしい。まあ、録音条件が違うんじゃ、そうそううまくは行かないと思うけれど……」
先に言った通り、たしかに科捜研じみたやりくちである。沢口靖子が颯爽登場しそうな感じはないが、やってみる価値はありそうだった。だが、一台きりのノートPCをそのために使うにも、なんにつけても時間が足りない。結局、九時からいつものように「水曜日のたわけ達」が幕を開け、いつものようにどんちゃん騒ぎに興じて十一時にノレンとなるまでは、いったん沙汰闇になってしまった。
「……どうする、今からやるかぁ?」
本番中にすぱすぱ吸った煙草のせいで、八畳一間の部屋の中はすっかり燻されている。換気のために開け放ったサッシから入る夜風を浴びながら、日下先輩と近江先輩は例のソフトの紙箱をじっと睨んでいる。本棚の隅に押し込まれていたおかげで、一回生の頃にもらったという割にはずいぶん箱の色味も鮮やかであった。
「時間がかかるかもしれないしなあ。軽く腹に入れてから、戸村さんだけ返してはじめようぜ」
「えー、また私だけのけ者ですかあ? どうせ明日は午後までなんもないんですし、いいじゃないですか入れてくれたって……」
ちょっとじゃれつくように近江先輩の背中へ肘鉄を入れると、二人はそろって、それもそうだな……という表情になった。ごちそうされっぱなしも悪いからと、まだ温かい懐を幸いにコンビニで夜食を買って戻ると、早くもインストールが半分ほど済んでいた。結構サイズが大きいと聞いていたので、進みの速いのにはちょっと驚いた。
「あとはインスタの投稿と、音源の切り抜きをするだけか。夜は長いや、ゆっくりやろうぜ」
そういうと、日下先輩はリモコンへ手を伸ばし、部屋の隅に置かれた小ぶりな液晶テレビをつけた。あるのはずっとわかっていたが、点いているのを見たのは今夜が初めてかもしれない。深夜帯の実にくだらない、けれども緊張をほぐすのにはうってつけのお笑い番組を見ながら、夜食のおにぎりやおでんがゆっくりと胃へ落ちていった。
ひとしきりお腹も膨れた頃、おにぎり片手に作業を進めていた日下先輩がそろそろ……とつぶやいた。いつの間にやら二つの音源も準備が整い、あとはソフトで分析をかけるばかりとなった。ところがこれが難物で、余分なノイズを取るのに時間がかかるのだという。そこから比較の処理をしようとすれば、たっぷり二、三時間はかかる、ということだった。
「こっからが長丁場になるな……コーヒーでも淹れようか?」
「頼むぜ近江、オレぁもう眠くてしょうがないぜ」
流しのそばにぶら下げてあった、陶器のドリッパーとペーパー、挽き売りのコーヒーの袋を近江先輩がちらつかせる。中古品を買ったらしい電気ポットからお湯を出すと、香ばしいモカの香りが部屋いっぱいに充満した。
「しっかりしてくれよ日下、こういうのはお前の専門なんだからさ……」
「ちくしょう、こういう時だけ自分が機械系のガッコ出たのを恨むよ。誰も替わってくれねえんだからよ」
電機メーカーのロゴが入った、ノベルティらしいマグカップをあおり、日下先輩はかたかたキーを打つ。そのうちにデータの比較が始まり、ゆっくりと緑色の棒グラフが画面の真ん中で伸び始める。
「これを待ってる間がなんとも辛いとこだなあ。――ちぇ、再放送か。消しちゃえ」
いつの間にかお笑いも終わって、ずいぶん前にやっていた深夜アニメの再放送が始まっていた。テレビを消してしまうと、手近にあった灰色のリモコンへと手が伸び、代わりにラジカセからNHKのFM放送がゆったりとしたメロディを奏ではじめた。
「こっから先は、ただひたすらに待つばかりだなあ。――ゆっくり煙草でも吸って、待ってることにしよう」
「ですねえ……」
出してもらったフレッシュと角砂糖をぶちこんだモカを飲みながら、私は先輩ともども、伸びの遅いインジケーターをただただ恨めしくにらむのだった。
首が妙な方に傾いでいるのに気づいて目を開けると、いつの間にやら日が昇り、朝になっていた。壁の時計は秒針が真上を過ぎて、八時十五分を指したばかりだった。
「寝ちゃったのかぁ、あのまま」
布団もかけないまま寝たせいか、なんとなく身体が冷たい。空になったマグカップへお湯を注いで一息ついていると、うなだれた格好で寝落ちていた日下先輩がゆっくりと起き上がった。
「――よっす、おはよう。寝ちゃってたらしいなあ、どうも」
「あ、おはようございます」
灰皿の上で、半分ほどのところで消えた吸いさしをくわえ、日下先輩はライターの火をあてがう。灰の味も混ざるのか、いやに渋そうな顔で煙を吐くと、
「――出てるねえ、結果」
「えっ」
あまりにも平然と口にするので驚いてしまった。だが、肝心の画面を覗きこんでみても、色の異なる波形のギザギザが重なっているだけで、出ている数字もどういうものか全然わからない。
ただ確かなのは、素人目にも二つの音声に複数の一致点があるらしい、ということだった。
「簡単なソフトだからまあ、精度の方はかなり甘いと思うが……どうやらアイツがホシと見て間違いないかもしれない」
「じゃ、あのバイクが……」
諦めて新しいハイライトを吸い始めていた日下先輩は、輪煙を宙に吹きながら応じる。
「――どうやらあいつが、今回我々が追っかける対象、ということになりそうだねえ。こっからが大変だぜ、戸村。まあ、搦め手、奥の手で行きましょ」
にやりと笑う先輩の顔は、おもちゃを手に入れたいたずら坊主のような屈託のない表情に満ちていた。
はたして搦め手、奥の手とはいったいどんなものなのか? 次回の更新は8月14日を予定しております。




