招待状は届けられた
灯台下暗し、とはよく言ったものですが、バタバタしている時が一番そうなるようです。
奇妙な運命の差配というべきか、あれほど探し回って見つからなかった蔵前くんのバイクが見つかったのはそれから二日経った土曜日の夕方のことだった。
その日、朝早くから河原町へ繰り出してボウリングやダーツに興じていた私は、どこかで乗り継ぎを間違えたらしく、元田中のあたりで慌ててバスを降りた。このまま乗り続けると、借りている部屋と真逆、大学の前へと出てしまうのである。
「損したなあ、待ってるのもバカバカしいし……」
土日のダイヤではその方面への行き来が不便なのを思い出しながら、私はとぼとぼと叡電の線路伝いに細い小道を歩き出した。京都は地形の関係か、日の出、日の入りが遅い。七時近くになっても薄っすら明るい西の空を眺めながら、私は小さなスニーカーでとぼとぼとアスファルトを踏みしだいた。
と、どこかで聞いたような排気音が近寄って来るのに気づくと、私は弓なりのカーブの向こうから近づくまぶしいヘッドランプに気付き、思わず電柱の影へひっこんだ。バカップルの乗っている、あのBMWではないか――。
「やっぱりそうか!」
父親に似て夜目の効く体質なのが功を奏した。案の定後ろには、あかりが微塵も似合わぬ地雷系のファッションで、フルフェイスのメットを被って控えている。ここで会ったが百年目と、私はウィンカーも出さずに左折したオートバイをそっと尾行した。
エンジンの音が切れたあたりでそっと物陰から身を出すと、オートバイは見覚えのある建物わきの駐輪場に、ひどく場所をとる格好で停められていた。
「しまった、最初っからここへ来ればよかったのか……!」
建物の名前を見たとたん、私はあることに気付いて自分のふがいなさを呪った。オートバイの停まっているのは、あかりの部屋がある学生マンションなのである。最初からここへ来れば、否応なしにオートバイに遭遇出来たというのに……。
とりあえず、ここで名誉挽回といこう。そうハラを決めると、私は都合など気にもせず、日下先輩へ電話をかけた。二、三度のコールののちに先輩が出ると、私は小声ながらも、捲し上げるように事情を伝えた。
「でかしたっ! まだ部屋の中にいるんならもっといい、その場で待っててくれ!」
そこで電話が切れると、私は電車を待つふりをして、元田中駅の上り下りで別れ別れになったホームの片方で先輩を待った。しばらくすると、からからと下駄の鳴る音と共に、ハンチングを被った日下先輩が姿を見せた。見ればその後ろからは、境田先輩がやや息を弾ませながらついてきている。
「ご苦労さんっ。で、例のバイクは?」
「こっちです。そーっと来てください……」
まだ息の弾んでいる二人を引き連れ、さながら忍者のようにマンションへ急ぐと、オートバイは相変わらず、自転車の出入りを阻むような具合に停めてあった。きっと今頃、男と女の楽しい何やらがあの部屋の中で繰り広げられてでもいるのかもしれない――。
「ちょうどいい、不用心で助かった。ここへねじ込んでおけば嫌でも見るだろう」
問題のBMWへ近づくと、先輩はヘッドランプの真下、バンドで固定された革の工具ケースへ白い封筒を押しこんだ。それが済むと、今度は先輩がいそげっ、と私たちへ命じ、そそくさとその場を離れた。いつの間にやら、河原町で遊び疲れたけだるさも嘘のように吹き飛んでいた。
先輩のあとに着いてアースマンションの部屋へ入ると、どうやら録音の終わった後だったらしく、ミキサーやマイク、台本がローテーブルの上へ置きっぱなしになっていた。
「一杯飲む? まあ、話はそれからさ」
氷を入れたグラスいっぱいにペプシコーラを入れてもらうと、緊張のせいで上がっていた息を整えるよう、私はそれをゆっくりと飲み込んだ。強めの炭酸が喉を伝って、じわじわとお腹へ満ちてゆく。
「……あとはあいつがどう反応するか。そこが問題だな」
灰皿を寄せ、気を紛らわせるように一本火をくべると、日下先輩はため息とともに煙を吐き出した。
「日下、いったいあれはなんだったんだよ。部屋に入ったらすぐ隠しちゃって、ろくに見せてもくれなかったじゃないか」
グラスを持ったまま境田先輩が尋ねる。すると日下先輩はハイライトを指に絡めたまま、
「あれはな、招待状さ」
「しょ、招待状ぉ?」
「もしかして、どこかに呼びつけて……えいっ、と?」
驚く境田先輩の隣でボクシングのジェスチャーをすると、日下先輩はけらけらと笑い始めた。
「まあ、当たらずとも遠からず、かな。実は昨日あたりから、オーシマさんやリクローさんに頼んで人を集めてもらっててさ。あの二人、近くの美大に時々顔を出してるだろ? そのあたりからウデのあるのを探そうって具合でね……。おっつけ、返事も来ると思う」
「そうなると、今回はオレや戸村さんの出番はなさそう、って感じか?」
それならありがたいや、と氷を噛みながら応じる境田先輩に、日下先輩はまだわからんよぉ、と切り返す。
「ひとつ確実なのは結構当夜、二人の目と耳を借りるかもしれないってことかな。それだけはハッキリ言える」
「目と、耳ぃ?」
思わず耳を抑える境田先輩の顔がおかしくて吹き出すと、いやいや、これは重要なのよ……と日下先輩は続ける。
「要するに、『目撃者』として見守ってほしい、ってわけさ。ま、やり方はいずれ説明するよ。――今夜はもう、店じまいでさっさと寝ちまおう。悪いけどジンちゃん、戸村さんのこと頼むよ」
いつもならどこかへ行こう、と言い出す先輩がこんな風なのにはちょっと驚いてしまった。だが、境田先輩はそれを気にも留めず、
「うん、わかった。戸村さん、どっかでなんか、軽く食べていこうか」
「は、はあ……」
空になったグラスを流しへ置くと、部屋の隅では早くも、日下先輩が押し入れから出した布団を広げているところだった。いまいち事情の飲み込めないままに部屋を出ると、しばらく歩いたところで境田先輩がこう切り出した。
「金曜の晩に、大嶋さんや川内さんの二人で時事番組をやってるんだけどね。スタートしたばかりのころ、大嶋さんの不用意な発言が原因で、番組が軽く炎上しかけたことがあったんだ。以来、その番組――『金曜暴論』だけは放送中、配信遅延の設定を入れてオンエアするようになってさ」
「あ、もしかしてそれって……」
配信遅延、というフレーズがあることを連想させた。変なことを言ったら、いわゆるピー音でかぶせて消しちゃう、ということなのではないか。案の定予想を口にすると、境田先輩は鋭いねえ、と笑って手でマルを作ってくれた。
「大嶋さんがマズいことを言ったら、時間差で流してる音声にピーピー、規制音をかぶせちゃうわけさ。それが結構、タイミングを見るのが大変らしくてね。まあでも、一番の原因は終わった後だろうなあ。二人そろってめちゃくちゃ飲むから、それに付き合うといつの間にか夜が明けちゃうらしい。そうなるとあの日下でも、土曜の夕方にはすっかり疲労困憊。だから今日みたいに録音があっても、終わった後はぜーんぜん、打ち上げもなんもないってわけ」
「あー、なるほど……」
なまじ上級生が相手だと、気を遣うことも多いのかもしれない。事情が分かると、ああやって布団を引き出すのはむしろ自然な気さえした。
東大路伝いの小さなメキシコ料理店でタコスをごちそうになると、私は先輩と別れ、最寄りへ向かうバスへと乗り込んだ。そして、だいぶ生活感のにじみ出した自分の部屋へ戻ると、ベッドへ腰を下ろした途端に急な眠気が頭を襲った。
遊び疲れたあとにあんな場面に出くわし、どばどばと出ていたアドレナリンが切れてしまったらしい。残った体力でパジャマに着替え、メイク落としでどうにか顔を拭きまわすと、私は明かりを落とし、そのまま布団の中へともぐりこんでしまった。休日をいいことに陽気にはしゃぐ、どこかの大学の学生たちの声がカーテンの向こうから聞こえていた。
しょっちゅう奢られている秋生ちゃんですが、たぶん先輩からすると奢り甲斐があるいい子なんでしょう、きっと。




